單元大綱

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    •  近年、大気中二酸化炭素を減らす観点から、海洋植物を増やすことで炭素隔離の効果を狙った「ブルーカーボン」が注目を集めています(UNEP, 2009)。従来,ブルーカーボンとして海洋の被子植物(マングローブや海草,塩性湿地の草)による効果が考えられていました。被子植物は根を張るので、海底の泥の中に炭素を埋没させる効果が生まれるからです。いっぽう、大型藻類(コンブなど)や小型藻類(植物プランクトン)の増養殖による炭素固定については、ブルーカーボンには算入されていませんでした。これら海洋藻類は根を張らないこと、短年(もしくは単年)で枯れて、その有機物が海洋に流出してしまうからです。ちなみに、コンブにも根っこがあるように思われるかもしれませんが、それは、付着器です。藻体が流されないように、岩などに付着させるための組織です(絵1)。


      絵1 マコンブの絵。左側の根っこみたいのが付着器

       マコンブは、付着器の近くに生長点があるので、根元から大きくなります。根元に近いほど新しい組織で、根元から遠いほど古い組織です。絵1の右側で示された、薄茶色の部分は、マコンブの古い組織で、その部分が枯れつつあることを表しています。マコンブは、根元から活発に生長しながら、先端では次々と枯れてゆくのです。この枯れていった(脱落した)有機炭素は何処へ行くのでしょうか?もし、脱落した有機炭素が海洋表層から隔離されれば、これもブルーカーボンに算入できるのではないでしょうか。

       浅海域で海洋基礎生産量の約半分を占める大型藻類については,大型藻類由来の有機物が海洋表層で難分解化して保持される効果や,脱落して深海へ運ばれる効果,海底に堆積して埋没する効果が指摘され,近年、そのブルーカーボン効果が脚光を浴びています(Kuwae and Hori, 2019)。それが、どれくらいの効果を持つかを説明します。現在、人為的に大気へ放出される炭素量は年間9400 Tg (C)、海洋と陸上植生が吸収する炭素量は年間2400 Tg (C)と2300 Tg (C)です。(Tg(C):カーボン量でテラグラム) 浅海域の海洋植物による吸収が年間960 Tg(C)にも達するという報告があります(Kuwae and Hori, 2018)。吸収された炭素の全てが大気から隔離されるのではありません。多くが大気へ戻りつつ、一部が深海や海底に隔離されるのです。海岸付近に生息する大型藻類による炭素隔離効果は年間173 Tg Cと見積もられています(Krause-Jensen and Duarte, 2016)。人間が放出した炭素量に比べると随分少ない量ですが、自然が持つ炭素固定プロセスの一つ一つを大事にする必要があると思います。

    •  深海に炭素を隔離すればブルーカーボンと認められるなら、外洋でコンブを大規模養殖して、食用にすることなく切り離して深海へ落としてしまえばいいだろう!というアイデアも提案されているようです(絵2)。例えば、Australian Seaweed Industry Blueprintの報告書で、そのようなアイデアが紹介されています。国連グローバル・コンパクト(UNGC)が発行している、SEAWEED AS A NATURE-BASED CLIMATE SOLUTION vision statement でも、そのアイデアを紹介しています。


       絵2 外洋でコンブを大規模養殖してブルーカーボンを期待するアイデア


       いっぽう、沿岸域での大型藻類によるブルーカーボンの効果は極めて小さいとの報告もあります(Howard et al., 2017)。脱落した有機炭素は、深海へ運ばれる前に速やかに分解されて二酸化炭素に戻ってしまうだろうからです。それでは、絵2のように、外洋でコンブを大規模養殖すればよいのでしょうか。このようなアイデアに対して警鐘を鳴らしている展望記事もあります。著名な海洋化学者のBoydらは、生態学研究をリードするネイチャー・エコロジー誌に以下の内容の展望記事を発表しました(Boyd et al., Nature ecology & evolution, 2022)。「外洋での大型藻類の大規模養殖は、海底生態系への悪影響、海底での貧酸素化の影響、表層の栄養塩循環を変えて表層生態系を変えてしまう可能性が非常に高いので、その試験養殖ですら決してやってはならない。」 なお、国連Global Compactの報告書でも、外洋でのコンブ大規模養殖のアイデアについては、不確実性が大きいので科学的根拠を蓄積する必要性を述べています。

       国連グローバルコンパクトとは、国連と民間が手を結び、健全なグローバル社会を築くための世界最大の共同体です。民間企業が加わっているので、産業化の狙いも組み込まれているようです。


  •  私も、Boydらの指摘すること、とくに「表層の栄養循環を変えて表層生態系を変えてしまう可能性」に着目しなければならないと考えています。なぜなら、海洋の基礎生産(海洋植物が光合成で有機物を生産すること)は、基本的に、表層への栄養成分(窒素、リン、ケイ素、鉄)の供給量に制限されているからです。(海洋の栄養循環については、本LASBOSの海洋化学のコースで学んでください) つまり、どこかで大型藻類が大きく繁茂すれば、それだけ栄養成分が吸収され、海水中の栄養成分が減ってしまいます。そして、別の場所の基礎生産が減る可能性が高いのです(絵3)。したがって、ブルーカーボンを評価する際には、炭素の流れだけでなく、栄養成分の窒素やリンの流れも同時に追う必要があるのです。従来のブルーカーボン研究では、この点が圧倒的に不足しているのです。



    絵3 藻場(褐藻類など)の一次生産量が小さければ、藻場が吸収する栄養成分は少ない(上)
       藻場の一次生産量が増大すれば、藻場が多くの栄養成分を吸収(下)
       それに応じて、植物プランクトンによる一次生産量が増えたり(上)、減ったりする(下)


     藻場が海洋生態系に果たす役割を考えれば、藻場が増大することは、間違いなく良い効果をもたらすでしょう。しかし、藻場の一次生産量が増えれば、それに比例して、周辺海域全体での炭素隔離量が増えるとは限りません。植物プランクトンによる一次生産量が減る可能性があるからです。繰り返しますが、炭素隔離効果が小さいとしても、藻場が増えること自体はとても良いことは間違いありません。

    •  コンブなど大型褐藻類は、秋から生長を始め、冬に栄養を沢山吸収して大きくなります。春以降、植物プランクトンが大増殖して、表層海水中の栄養を使い尽くしてしまいます。栄養塩吸収の競争で、春以降、褐藻類は植物プランクトンに負けてしまうことが想像されます。しかし、褐藻類は、冬場に貯め込んだ栄養を使って、春から夏にかけても体を大きくしてゆきます。夏になると、海水温が上昇することもあり、コンブの生長よりも、コンブ先端からの脱落(枯れ)が勝り、小さくなってゆきます。なぜ、褐藻類が冬場に大きく生長でき、植物プランクトンが春に大増殖するのでしょうか。この違いが、栄養塩競合を考える上で大事なポイントになります。まず、植物プランクトンが春に大増殖する理由を説明します。

    •  植物プランクトンは、海流に乗って流されているので、自ら海岸付に留まることはできません。面積的には、外洋域の方が大きいので、外洋域での植物プランクトンの生長について考えます。冬場は、海面が冷やされることで海水が鉛直的に混合し、海の深い所に貯まっていた栄養が表層までもたらされます。植物プランクトンも海水と一緒に、鉛直的に大きく移動させられています。冬場の表層海水は栄養豊富なのですが、鉛直的によく混ざっているので、暗い深い所へ植物プランクトンが運ばれてしまうこともあります。冬場の表層にいる植物プランクトンにとっては、平均的に光環境が悪い状態にあり、大増殖ができません。春になると、日差しが強くなり、海洋表面が暖められ始めます。すると、表層海水の鉛直的な混ざりが弱まると、表層の植物プランクトンが暗い深い方へ運ばれることはなくなり、植物プランクトンにとって光環境が改善します。冬場にもたらされた豊富な栄養と、光環境が改善することが相まって、植物プランクトンが大増殖するのです(絵4)。(より定量的な説明は、春の植物プランクトンの大増殖のコースを参照


      絵4 冬場(2月)の鉛直混合と表層の光環境、春先(4月)の光環境の改善と植物プランクトンの大増殖

    •  なぜ、コンブは冬場から大きく成長できるのでしょうか。それは、海岸付近の岩に付着しているコンブは、冬場でも光環境が良好な状態にあり、海岸付近にも栄養豊富な海水が流れてくるからです。ちなみに、寒冷性の褐藻類や植物プランクトン(珪藻類)は、数℃しかない冷たい水でも元気に育ちます。一般的に、年間で海水温度が最も低いのは春先の3月下旬です。褐藻類と植物プランクトンは、その時期でも栄養豊富で光環境が良ければ、大きく生長できるのです。


      絵5 冬場に豊富な栄養を利用して海岸付近の褐藻類が大きく生長(褐藻類に消費される栄養を黒字で表した)

    •  コンブと植物プランクトンが大きく生長する時期の違いが、ブルーカーボンを評価するうえで、何を意味するのでしょうか。先のトピックにて、コンブなど褐藻類由来の有機物が炭素成分と栄養成分を含んだまま表層から隔離されると、表層海水の栄養成分を減らしてしまい、別の場所の海洋基礎生産を減らしてしまう可能性について述べました。仮に、冬場には、深層から有り余るほどの栄養が供給されており、どれだけコンブが栄養を吸収しても、春先(植物プランクトンが大増殖するタイミング)の表層海水中の栄養成分の量に影響しないのであれば、春先の海洋基礎生産を減らしてしまう心配は無用となります。そのような都合の良いことがあるのでしょうか? 今後の研究で調べるべきことですが、以下のような期待を持っています。

    •  亜寒帯海域の冬場は、海面が冷やされて鉛直混合が水深150 mくらいまで達するので、表面0 m~150 mまで栄養豊富な状態になります。その水の栄養が海岸付近で褐藻類に消費されますが、その水が再び外洋へ流されて鉛直混合すれば、栄養が再供給されます。褐藻類に消費された分は戻りませんが、春になって表層で植物プランクトンが利用する分に与える影響は小さいかもしれません。褐藻類により消費されたマイナス分の栄養は、0 m~150 mに影響が及びますが、元々、植物プランクトンは50 m~150 mの栄養は利用できないから、その影響は限定的になる可能性があるからです(絵6)。(混合についての考え方は、海洋表層の鉛直混合と成層化のLASBOSコースを参照


      絵6 冬場に褐藻類が消費した栄養の影響が、春先の植物プランクトンの大増殖に与える影響有無のイメージ


       本コースで紹介した栄養循環は、私(大木)のイメージにすぎません。実際に調べて検証する必要があります。海洋表層の混合状態が季節的に変わること、コンブや植物プランクトンが大きく生長・栄養を消費する時期が違うこと、これらを考慮して、ブルーカーボンを評価する必要があるのです。海洋物理学・化学・生物学の研究者が集まって対応する必要がありそうです。(仲間募集中!)

    •  それでは、褐藻類によるブルーカーボンは可能性が小さいのか? 私も、海の可能性、ブルーカーボンに期待したい一人です。大型藻類にブルーカーボンを期待するならば、表層で栄養成分(窒素やリン)を減らすことなく、炭素だけが深海へ隔離されるメカニズムが働いていなければなりません。コンブが海底面に横たわって繁茂していることはご存じでしょうか?海中のマコンブのLASBOS動画です。この動画を見ながら、ブルーカーボンに思いを巡らせてください。



       マコンブが海中を沈む理由は、コンブの乾燥重量の30%近くを、海水より重たいアルギン酸が占めているからと考えられます。アルギン酸は、酸性多糖類の一種で、炭水化物(炭素、酸素、水素で構成される物質)です。このように、窒素やリンを含まない、炭素リッチなアルギン酸だけが海中を沈んでくれれば、ブルーカーボンが成立すると期待されます。この一連のことを明らかにするには、大型藻類由来の有機物の移動について、炭素/窒素/リンの循環を把握しながら、アルギン酸が深海へ隔離されるプロセスを調べる必要があります(絵7)。C/N/Pの循環を把握することは、周辺の海洋基礎生産への影響を把握することを意味します。絵7では、栄養塩の吸収を巡って、褐藻類と植物プランクトンが競合関係にあることを表しています。


      絵7 大型藻類(マコンブなど)ブルーカーボンを明らかにするのに必要なこと(C, N, P循環を押さえて、アルギン酸の行方を追う)

    •  大型藻類、とくにマコンブなどの褐藻類によるブルーカーボンの効果を明らかにするため、私たちは、褐藻類が持つアルギン酸に着目しました。アルギン酸は、コンブのネバネバです。ここで、海洋のアルギン酸研究、それに関連して、海洋のネバネバ物質の研究について、少し紹介します。

       結論から言うと、海水中をアルギン酸が沈降することを確認した先行研究は存在しません。しかし、深海の海底面から,アルギン酸を特異的に分解する微生物由来の酵素が見つかっていることから(Inoue et al., J. Biol.Chem. , 2016: 北大文献集からダウンロード),褐藻類由来のアルギン酸が深海まで運ばれ、アルギン酸を分解する微生物に利用されていることが示唆されています。つまり、大型藻類によるブルーカーボンが効果的に働いている可能性が示唆されるのです。しかし、海洋試料からアルギン酸を直接的に検出・定量した研究事例は、筆者らが調べた範囲では存在しません。アルギン酸粒子の深海隔離によるブルーカーボン効果は確認されていないのが現状なのです。なお、海水中には粘性物質が多く漂っていることが数多くの研究から明らかにされており、海洋学分野では、それを透明細胞外重合粒子(Transparent Exopolymer Particle: TEP)と呼んでいます。(TEPについては、本LASBOS海洋化学コース参照) そのような海水中の透明粒子にライトを照らすと白く光り、雪が降っているように見えることから、マリンスノーの正体とも考えられています。北極の海中動画です。休憩がてらご覧ください。

       この海中動画で見られるマリンスノーは、TEPを含むと思われますが、海洋のネバネバ物質全てがコンブから放出されたものではありません。植物プランクトン由来、動物由来(魚の体を覆うネバネバなど)も沢山あるでしょう。

       TEP分析に際しては、自然海水をフィルターでろ過したのち、フィルター上の有機物粒子をアルシアンブルーで染色、硫酸で抽出された液の呈色が比色法で調べられてきました。海水中にはかなりの量のTEPが存在することから、TEPが海洋物質循環の重要な部分を担っていると考えられています。そのため、TEPを含む有機物中の多糖類の成分を同定する研究も進められてきました。海水や海洋堆積物試料に含まれる多糖類を比色分析で調べたところ、酸性多糖類の一種であるウロン酸が多く含まれることが明かにされています。これらの研究では、アルギン酸由来のウロン酸(マンヌロン酸とグルロン酸)の他、植物プランクトンに由来するウロン酸(グルクロン酸)も多く含んでいるはずです。やはり、大型の褐藻類に由来するアルギン酸を検出した海洋学研究は無いのです。このように、ブルーカーボン研究を海洋学的にアプローチするには、海洋試料中のアルギン酸を分析する手法を確立することから始めなくてはなりません。そこで、私たち北大水産学部では、大型藻類ブルーカーボン研究チーム(別名、アルギン酸チーム)を立ち上げて、海洋環境からアルギン酸を検出することに挑戦することにしました。

  • 褐藻類ブルーカーボンは、SDGs 13(気候変動に具体的な対策を)に関係します。ブルーカーボンの取り組みを、間違った方向に行かせてはなりません。正しい方向に導くには、気候変動の対策に対して、確かな科学的な根拠を与える必要があります。少し立ち止まってでも、シッカリ調べるべきです。本コース(褐藻類(コンブなど)ブルーカーボン研究)は、海洋科学的なアプローチでブルーカーボンを理解して、ブルーカーボンに科学的根拠を与える研究を紹介します。(研究を始めたばかりなので、その結論は出ていません)海洋科学としてブルーカーボンを捉えていること、海洋生態系を豊かにすることにも関連するので、SDGs 14(海の豊かさを守る)にも関係しています。

  •  本コースでは、褐藻類ブルーカーボンに関する情報をまとめつつ、今後、取り組むべき課題を紹介しています。従来であれば、取り組むべき課題(研究のアイデア)は秘密にしたまま研究を進め、研究成果が出てから、全てを公開することでしょう。しかし、2030年に向けたSDGs対応の取り組みでブルーカーボンが注目されている昨今、従来のやり方でブルーカーボン研究を進めているようでは、科学界として対応が遅れるのは明白です。そのため、研究アイデアを公開して、仲間やライバルを増やして進めることで、SDGs対応に貢献しようと思った次第です。


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