春季ブルームと表層混合層
LASBOS YouTube 授業動画(植物プランクトンの春季ブルーム)
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北海道周辺の海の色を人工衛星で観測した結果を下の図に示します。植物の光合成色素(クロロフィル)の量が多いところを暖色系(緑→黄→赤の順で高濃度)で表しています。1月のクロロフィル濃度は全体的に黄緑色の1 μg/L (= mg /m3)以下で、沿岸域にしてはそれほど高くありません。それが2月中旬から急に上昇し(10 μg/L以下)、3月中旬では非常に高い濃度(20 μg/L以下)となっています。表面のクロロフィル濃度が10 μg/Lを超えると、船から海面を見るだけでも緑色っぽいのがわかります。噴火湾では珪藻類が大増殖(ブルーム)することが毎年春先に観測されています。
2019年2月中旬に噴火湾で表層海水を2 L採取して透明ボトルに入れました。その1ヶ月後には、噴火湾で珪藻ブルームが起こっているのを確認しています。2月中旬に採取した表層水に光を照射して、ボトル内で珪藻ブルームを再現してみました。1ヶ月後、ボトルの底には、ほんの少しだけ珪藻様の沈殿物が確認されました。この一ヶ月経過したボトル海水を濾過してクロロフィル濃度を測定したところ、実際のブルームと同じくらいの濃度(10 μg/L)になっていました。ボトルの底には、うっすらと珪藻が沈殿しているのが確認できるだけです。たった2Lの海水だと、珪藻の大増殖といっても、増殖した量はずいぶん少ないものです。ボトルを攪拌すれば、珪藻は見えなくなってしまいます。
2019年3月中旬に噴火湾で観測したところ、植物プランクトンのブルームが起こっていました。毎年、珪藻ブルームが起こることが知られています。噴火湾の底層(約90 m)から表面(0 m)まで鉛直的にプランクトンネットを曳いたところ、沢山の珪藻懸濁物が得られました(下の写真左)。このプランクトンネットは、元々、白色です。ネット全体にベットリ珪藻が付着して、コットエンド(先端部)に大量に集まっています。プランクトンネットの直径は30 cmです。それと同じ直径のボトルに、ネットで採取された珪藻懸濁物を入れたところ(下の写真右)、約2 cmの厚さをなしていました。とても多いように感じます。プランクトンネットで濾過した海水の量は約6000 Lなので、先にお見せした、海洋観測で採取した海水2Lの三千倍に相当します。仮に、水中の珪藻が全て海底に堆積すると、珪藻の懸濁物が下の写真くらいの厚さを成すことになります。
海面から入射した太陽光は、水分子に散乱されたり、微粒子に吸収されたりして深度とともに減衰します。植物プランクトンが少ない時期には、太陽光は水深50mくらいまで届きますが、珪藻ブルームの時期は15mくらいまでしか届きません。それより深いところは、珪藻細胞により光が遮られて真っ暗闇なのです。
亜寒帯域の冬場(2月)は、海面冷却が著しく鉛直混合が100 mくらいに達します。海水中の粒子(主に植物プランクトン)は少ないので、海面から差し込む太陽光は水深50 mくらいまで届きます(およそ、表面比1%になる深度)。このような状態のとき、混合層内(0~100 m)のうち、半分(50~100 m)は昼間でも真っ暗闇です。春になって、日差しが強くなり、海面が温められ、混合層の厚さが30 mになりました。混合層内は、昼間であれば、十分な光が届いています。
2月と3月の光透過深度(対表面比 1%)が同じとして、3月は混合層が浅くなること、日差しが強くなること、昼間の長さが長くなることから、混合層内に降り注ぐ光の量が急に増えます。
下の表に、亜寒帯域の2月から3月にかけて、表層混合層の水(1 mあたり)が受け取る光の量が何倍に変化するかを概算しました。2月から3月にかけて、日射量は1.4倍に増えています。2月の日射量をaとすれば、3月の日射量は1.4aです。2月は、海面に差し込んだ光の100%を混合層内(100m)で平均して受け取ります(1 mあたり1%)。3月の混合層深度が30 mで、水深30 mでの光減衰率(対表面比)が30 %だったとします。3月は、差し込んだ光の70%を混合層内(30m)で平均して受け取ります(1 mあたり2.3%)。2月と3月に混合層内で水深1 mあたり受け取る光の量は、それぞれ1%×aと2.3%×1.4a(=3.3%×a)になります。3月の混合層内のほうが、3.3倍も受け取れる光が多いのです。
植物が光合成により有機物生産することを、基礎生産とか、一次生産といいます。基礎生産には、光と二酸化炭素、水に加えて、栄養塩が必要です。海では、光と栄養塩供給により、基礎生産量の時空間的な分布が決まります。下の図で、栄養塩(N)の供給と再生、一次生産の関係を鉛直混合の季節変化と合わせて説明します。
【秋→冬】混合層の下(深いところ)に栄養塩(N)が蓄積しています。冬場に混合層深度(200m)が深くなると、深いところに蓄積していた栄養塩(N)が表層混合層内に取り込まれます。冬は日射が弱いのと、混合層内の暗い深いところまで水が移動するので(0→200m)、混合層内の水は平均的に光環境が悪い状態にあります。(日中でも、混合層内の深いところに水が潜ってしまうと、光に曝されない)
【冬→春】 春になると、風が弱まるのと日射が強くなるので、混合層が薄くなります(0~70m)。さらに混合層が薄くなると、混合層内の光環境が良くなります(日中であれば、表層混合内の水は常に光に曝される)。表層混合層には栄養塩(N)が十分にあるため、植物プランクトンの大増殖(春季ブルーム)が起こります。ブルームの間、表層混合層の栄養塩は基礎生産により消費されてゆきます。珪藻が大増殖すれば、珪藻の群体は混合層下(亜表層)に沈降します。
【春→夏】 初夏になると、表層混合層はさらに浅くなり、表層の栄養塩が枯渇して、植物プランクトンの増殖が抑制されます。混合層直下でも太陽光が透過しており、栄養塩がかろうじて残されています。混合層直下では光合成が起こり、植物プランクトンが高密度に生息することがあります。この現象は、植物プランクトンの光合成色素のクロロフィルが、“亜表層”(表層混合層より深いところ)に極大を示すことから確認することができ、これを“亜表層クロロフィル極大”といいます。亜表層の大部分(光合成がほとんど起こらない)では、沈降してきた植物プランクトン細胞が死滅、分解することにより、栄養塩が再生します。そのため、混合層より深いところで栄養塩濃度が高くなるのです。
【夏→秋】 秋になると、温度低下と気象擾乱により鉛直混合が活発になります。表層に栄養塩がもたらされ、秋季ブルームがみられることがあります。
【秋→冬】 冬になると、亜表層に蓄積されていた栄養塩が鉛直混合により表層にもたらされます。
海洋生態を考えるうえで大事なのが、“有光層”の定義です。海洋学で一般的に用いる“有光層”とは“光が有る層”ではなく、“光合成が有効な層”と思ってください。つまり、
有光層内 :【光合成】>【呼吸】
有光層深度(補償深度):【光合成】=【呼吸】(太陽光0.5~1%深度)
それより深い層 :【光合成】<【呼吸】
経験的に、海洋表面に降り注ぐ太陽光が0.5~1%くらいまで減衰する深度が有光層深度と一致することがわかっています。有光層深度、つまり、「光合成=呼吸」が成り立つ深度のことを、「補償深度」ともいいます。生物粒子が沢山あり太陽光の減衰が著しい海域では有光層深度が20 mと浅くなることもあれば、亜熱帯のように生物が疎らにしか存在しない海域では150 m以深になることもあります。
下に、貧栄養の亜熱帯と、栄養豊富で生物粒子が多い亜寒帯における光透過深度のイメージ図を記しました。貧栄養海域の表層では、数十メートル先の物体が認識できるのに対して、植物プランクトンが大増殖しているところでは、数メートル先も見えなくなってしまいます。
噴火湾で海水に届く光合成有効放射(Photosynthesis Available Radiation: PAR)の深度分布を下の図に記します。有光層深度(PARが表面比で1%まで減衰した深度を仮定)を矢印で示しました。PARが1 ( μmol photon m-2 s-1 )は真っ暗闇だと思ってください。3月(Mar)の春季ブルーム時には、水深20mで真っ暗闇になってしまいました。ブルームで増殖した多量の植物プランクトンによって光が遮られてしまったのです。3月から4月、5月と経過すると深いところまで光が届くようになりました。海水中の粒子(主に植物プランクトン)が春から夏にかけて少なくなったことが原因です。
(Ooki et al., Journal of oceanography, 2019, doi.org/10.1007/s10872-019-00517-6 の図を改変)
なぜ、海表面PARが1 %まで減衰した深度を、有光層深度とみなすのでしょうか? 海洋観測を行うとき、晴れの日、曇りの日、朝、昼間、など、自然の光環境の条件は一定ではありません。そのため、観測したときの、ある深度のPAR量で比べることができないのです。しかし、海表面に降り注ぐPARが1%まで減衰する深度、であれば、光環境の条件が変わっても、ある程度おなじであるとみなすことができます。そして、実際に、PARが対表面比1%の深度が補償深度(光合成=呼吸)であることも、多くの海洋観測により経験的にわかっているからです。
珪藻ブルーム直後の4月に海底堆積物をアシュラ採泥器(下写真の右上)で採取しました。その堆積物表面の様子が下写真(左)です。堆積物の表面付近は、珪藻懸濁物のモヤモヤ状になっていて、写真では見づらいですが、厚さ2 cm弱の層をなしていました。なお、堆積物表面の珪藻懸濁物の中には動物プランクトンの幼生がピョコピョコ動いていたり、クモヒトデの幼生が見えました。10月になると(下写真の右下)、珪藻懸濁物様のモヤモヤは見られませんでした。海底にて、動物やバクテリアによって摂餌されたものと思われます。
夏の海は、表層が透き通っています。海中にあるCTD観測装置も、キレイに撮影できました。
ボトルの蓋が閉まる瞬間にご注目。音も聞こえます。 海洋研究者も見たことがない貴重映像!
(ずっと鳴り響いている雑音は、船のエンジン音です)