北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
「おしょろ丸」には、建造されるにあたって掲げられた「多様な研究ニーズに対応する」という目標を達成するため、調査・研究に必要な様々な機能が備わっています。ここでは、「おしょろ丸」が備える(1)観測・漁労設備、(2)調査・研究区画、(3)観測機器類について解説するとともに、(4)居住区画の様子も併せて紹介します。
[参考]北海道大学水産学部附属練習船 おしょろ丸トップページ
海洋観測を行う際に必要となる設備には、機器を吊り上げるための「クレーン」、海中で機器を昇降させるための「巻上機(ウインチ)」、海面上への機器の振り出しや曳航に用いる「ダビット」「ブーム」などがあります。「おしょろ丸」に装備されている観測・漁労設備の配置を図1に示します。
図1 「おしょろ丸」 観測設備配置図
①No.1ウインチ(多目的)
②No.2ウインチ(CTD用8,000m)
③No.3ウインチ(CTD用7,000m)
④No.4ウインチ(観測用)
⑤船尾Aフレーム(門型クレーン)
⑥観測ウインチ用ダビット
⑦CTD用多関節クレーン
⑧船首部ネット曳航用ブーム
⑨ウェルデッキ用補助ダビット
⑩曳航用ブーム
⑪漁労用多関節クレーン
⑫起倒式スリップウェイ
⑬トロールウインチ
⑭ウインチコントロールルーム
図2 左舷作業甲板(VR動画)
図3 船尾作業甲板(VR動画)
「おしょろ丸」には4台の観測用ウインチが搭載されており、それぞれNo.1からNo.4までの番号で呼び分けられています(表1)。すべてのウインチは、端艇甲板後部にあるウインチコントロールルーム(図1-⑭)で遠隔操作することができます。No.1ウインチ(図1-①)は後述するAフレーム(図1-⑤)を使った観測に使用されるもので、大きな荷重のかかる観測にも耐えうるよう、4つのウインチの中でもっとも丈夫なワイヤロープが巻き込まれています。No.2ウインチ(図1-②)とNo.3ウインチ(図1-③)には共にアーマードケーブル(同軸ケーブルを鋼線で被覆したもの)が巻き込まれており、主にCTD採水システムによる観測に用いられます。アーマードケーブルに接続された機器は、そのすぐ隣に設置されている多関節クレーン(図1-⑦)で吊り上げられ、左舷側から海中に投入されます。No.4ウインチ(図1-④)は汎用の観測用ウインチで、プランクトンネットや小型の採泥器などによるサンプリングに使用されます。
いずれのウインチも長さ7000-8000mのワイヤロープ(あるいはアーマードケーブル)を装備しており、北太平洋であれば一部の海溝部分を除くすべての海域において観測機器を海底まで到達させることができます。
表1 「おしょろ丸」観測用ウインチ仕様
船尾の作業甲板には門型の大型クレーン「Aフレーム」が備わっています。Aフレームはマルチプルコアラーやピストンコアラー、ソリネット、MOHTといった大型で重量の大きい観測機器を吊り上げ、海面上に振り出す際に使用されます。観測機器を船尾に振り出すときのAフレームの動きを図4に示します。Aフレームの頂部に取り付けた滑車にウインチのワイヤロープを通し、その先端に観測機器を接続します。Aフレームと連動して滑車が動くことで観測機器を移動させます。Aフレームは移動速度の微調整ができるため、低速での速度調整の難しいウインチで吊り上げる方法よりも安全に甲板作業を行うことができます。また、一般的なクレーンが旋回によって弧状に吊り荷を移動させるのに対し、直線的に吊り荷を移動させることができるのも、Aフレームの特徴のひとつです。
図4 Aフレームの動作
舷側に設けられたブーム(図1-⑧,⑩)は、ニューストンネットや稚魚ネットなどを水面付近で曳航する際に使用されます。これらのブームを使用することで、船尾から曳航した場合と比べて船が航行することによって生じる影響(船首波およびプロペラの攪拌作用、船体からの汚染物質の混入など)を抑えることができます。
漁業的な手法によるサンプリングにも対応できるよう、「おしょろ丸」にはトロールウインチ(図1-⑬)や起倒式スリップウェイ(図1-⑫)、自動イカ釣り機、集魚灯などの漁労設備も装備されています。
「おしょろ丸」の調査・研究専用区画の配置を図5に示します。幅広い研究ニーズに対応できるようそれぞれの区画が異なる特徴を備えています。調査・研究の主要な舞台となるのは、船尾楼甲板の中ほどを占める研究区画です。三つの研究室からなるこの研究区画は、調査・研究航海を実行するうえでの動線を考慮し、研究員居住区や観測作業甲板と同じ階層に配置されています。
図5 調査・研究区画の配置
「第一研究室」の詳細を図6に示します。CTDや各種音響計測機器といった船に常設されている観測機器の制御装置が集約されており、それら機器のオペレーションやデータ収録・処理をこの部屋で行います。電子機器類の故障の原因となる水気や塵を持ちこまないよう、入り口で靴や合羽などの装備品を脱いで入室することと定められています。壁面に設置されたモニタにはマルチディスプレイシステムが採用されており、それぞれのモニタにどの観測機器の画面を表示するか自由に選択することができます。
図6 「おしょろ丸」第一研究室 配置図
図7 第一研究室(VR動画)
「第二研究室」の平面図を図7 に示します。三つの研究室の中でも最も広い「第二研究室」は海水、生物、堆積物といった水気を含んだ試料を扱うための実験室です。第一研究室のように水気を持ち込まない実験室を「ドライラボ」というのに対し、第二研究室のような実験室を「ウェットラボ」と呼んでいます。床面は防水加工されており、汚れや海水に含まれる塩分を水で洗い流せるよう排水溝も設けられています。いくつかの実験台のほか、シンク、冷凍冷蔵庫、ドラフトチャンバー(有害な気体が発生する作業を行うための排気機能付き実験台)、超純水製造装置など、調査に必要な基本的な設備が常設されています。その一方で、乗船者が持ち込んだ資機材を自由にアレンジして実験等ができるように実験台の上は何も常設されていない状態にしてあります。実験台や天井、壁面にはボルト穴が開いており、資機材を固縛するための金具を自由に着脱できます(図8)。このボルト穴の配置寸法はすべての実験台で共通しています。あらかじめこの寸法に合わせた穴を持つ分析機などを用意すれば、簡単に本船の実験台に固縛することができます(JAMSTEC白鳳丸の寸法とも共通)。また、実験台の天板には木製の合板が使用されているので、木ネジを直接打ち込んで機材を固定することもできます。さらに、実験台は床面から着脱可能なため、実験台を撤去して大型の実験機材を搬入・設置することも可能であり、研究室全体を航海の目的に合わせてアレンジすることができます。
シンクには清水蛇口だけでなく、船底からくみ上げられた研究用の海水を供給する蛇口が備わっています。シンクのすぐ脇に設置された表層海水モニタリングシステムは、船底から汲み上げられた表層海水の特性(水温・塩分・濁度・クロロフィルa濃度)を航海中の全航程において連続的に計測しています。
図7 「おしょろ丸」第二研究室 配置図
図8 実験台の着脱式アイボルト
a)装着前 b)ボルト穴とアイボルト c)装着後
図9 第二研究室(VR動画)
第三研究室は別名「環境制御室」とも呼ばれ、調整された環境条件(明るさ・室温)で実験を行うための部屋です。屋外への出入り口がある第二研究室では室温の変動が避けられないため、安定した室温で進めなければならない作業(海水の塩分測定など)を行う際に第三実験室が利用されます。この部屋には窓がありませんので、照明を落として扉を閉め切れば暗室として使うこともできます。
第二研究室に隣接している「採水器室」は、CTD採水システムなどの観測機材を格納する区画です。採水器室の壁面には採水器の架台が設置されており、最大36本の12リットルのサイズまでのニスキン採水器を並べて固定することができます。採水器室の観音開きの扉を開ければ、すぐそこが観測作業を行う甲板です。
図11 採水器室(VR動画)
端艇甲板の暴露部には可搬式の実験室である「コンテナラボ」が設置されています。コンテナラボは輸送コンテナを実験室に改造したもので、ウェット・クリーン・冷凍・多目的の4つのタイプから航海の目的に合わせて必要なものを一つ選んで搭載します。
図12 コンテナラボ(VR動画)
上甲板後部には「低温実験室」(室温範囲:0~10℃)と二つの「凍結試料庫」(庫内温度範囲:-50~-20℃)が設けられています。低温実験室は、低温条件下での実験に使用するほか、冷蔵保存したいサンプルの保管庫としても利用されます。凍結試料庫は二つの区画に分かれており、性質の異なる試料が混在することで試料が汚染されてしまわないよう、それぞれ中に入れる試料を区別しています。すなわち、化学分析用の海水のような他の試料からの汚染を避けなければならない試料を保管する区画と、魚類の標本といった汚染源となりやすい試料を保管する区画とに使い分けられています。
図13 低温実験室(VR動画)
「おしょろ丸」は、船に常設された機器・設備の他に図14に示すような調査・観測機器類を保有しており、航海の目的に応じて必要なものがその都度搭載されます。これらの機器は航海が終わったら船から積み下ろされ、「おしょろ丸」の専用岸壁に隣接している観測機器倉庫で整備・保管されます。
図14 「おしょろ丸」の保有する海洋観測機器
調査・研究航海を成功させるには、快適に生活を送れる船内環境が整っていることが大切です。制約の多い船内では、陸上に比べて窮屈さや不便を感じる点も多いですが、船内の様子が予め分かっていれば、各自で準備を整え、少しでも快適に過ごせるよう工夫することもできます。ここでは、「おしょろ丸」への乗船経験がない人でも船内生活の様子をイメージできるよう、居住区画の様子を360°カメラ画像を使って紹介していきます。
まず、「おしょろ丸」の居住区画の配置を図15に示します。居住区画は「学生居住区」、「学生食堂」、「研究員居住区」、「主席研究員居室」に分けられ、それぞれ異なる階層に配置されています。
図15 居住区画配置図
図16 学生居室(VR動画)
https://youtu.be/Qsibbnb-Ttc
図17 洗面室(男性用)(VR動画)
https://youtu.be/MDofprLikiU
図18 風呂(男性用)(VR動画)
学生居住区の一つ上のフロア(上甲板)には、教員と学生が一堂に会して食事を採ることのできる食堂が配置されています。この食堂は講義用の教室も兼ねており、プロジェクタやテレビモニタなどのAV機器が備え付けられています。食事や講義の時間以外は、乗船者の憩いの場としても利用されます。
図19 学生食堂(VR動画)
学生の指導や調査・研究の為、「おしょろ丸」には大学の教員や研究機関のスタッフ(研究員)も乗船します。調査や実習を行ううえでの利便性を考慮して、そうした研究員用の居室(2人部屋×3室)は研究区画や観測作業甲板と同じフロア(船尾楼甲板)に配置されています。また、各航海には、研究員・学生を統括するリーダーとして「主席研究員」が乗船します。主席研究員は乗船者側と船側との調整・連絡役として船橋に登る機会が多いため、主席研究員用の居室(1人部屋)は船橋のすぐ下のフロア(端艇甲板)に用意されています。また、航海の目的を達成する責務と権限を持つ主席研究員は運航サイドの責任者と同等以上であるとの考え方から、船長・機関長と並ぶかたちで居室が配置されています。
研究員の居室にはベッド、机、ロッカー、冷蔵庫、テレビ、洗面台、扇風機、内線電話機が備え付けられています。また、研究員は船尾楼甲板の風呂と便所(いずれも船員と共用)を使用します。
https://youtu.be/gcTsnSrf3bQ
図20 主席研究員居室(VR動画)