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北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
海洋生物の生理・生態に関する研究や水産資源量調査、生物ポンプを介した物質循環システムの解明などを目的として、海に生息する種々の生物が採集されています。海洋生物はその生活様式によって、図1に示すように海表面の上下に生息する水表生物(Neuston)、海中を漂って生活する浮遊生物(Plankton)、自由に泳いで自ら移動することのできる遊泳生物(Nekton)、海底あるいは堆積物の中に生息する底生生物(Benthos)に分けられ、それぞれ特異的な採集具が用いられます。
図1 海洋生物の生活様式による分類
遊泳力がほとんどなく、水中を漂いながら生活するものを浮遊生物(プランクトン)といいます。珪藻や渦鞭毛藻といった植物性のものと、カイアシやクラゲなど動物性のものとに大別されます。魚類の稚魚やカニ・ヒトデ・イソギンチャクなどの幼生といった成長の段階(生活史)のなかで一時的に浮遊生活しているものもプランクトンとみなされます。
プランクトンの採集方法にはプランクトンネットと呼ばれるナイロンでできた網を利用する方法と採水によって採取する方法とがあります。
プランクトンネットはナイロン製の網地(ナイロンメッシュ:図2)を円錐形や円筒円錐形あるいは四角錐形に縫い合わせ、その開口部(網口)を金属製のフレームに固定した形状をしています。この網を水中で移動させることによって、海水からプランクトンを濾し採ります。最も代表的であり、単純な構造のプランクトンネットの構成を図4-aに示します。網口リングの上方と下方にそれぞれブライドルロープと力綱が3本ずつ接続されます。ブライドルロープはスイベルと呼ばれるより戻し金具を介して巻上機(ウインチ)のワイヤロープに連結されます。力綱には、網を海中に沈めるための錘を吊り下げます。網の尾部には試料を溜める箇所(コッドエンド)があり、これを開放することで試料を取り出します。網口にろ水計を装着すれば、網口を通過した海水の量(ろ水量)を見積もることができます。異なる海域や時期に採集された試料同士の比較を容易にするために元田茂先生(北海道大学名誉教授)によって網口リングの口径が45㎝、ろ過部側長(ネットの長さ)が180㎝の長円錐型の北太平洋標準ネット(ノルパックネット)が考案されました。また、鉛直曳きの曳網方法も深度150mから毎秒1mで巻き上げることが決められています。ノルパックネットを二つ連結させた「ツイン(双子型)ノルパックネット」(図4-b)は目合いの異なるプランクトンネットをそれぞれのリングに装着すると、一度の曳網で性質の異なる試料を同時に得ることができます。
観測手法「プランクトンネットによる浮遊生物の採集」へのリンク
図2 ナイロンメッシュの拡大図
ナイロンメッシュは糸(ナイロンモノフィラメント)の太さやその編み方、目合いのサイズによって様々な規格があります。また、製粉工場での製品のふるい分けや工業製品の不純物をこしとる作業などに広く利用されています。
図3 北太平洋標準ネット(NORPAC net: North Pacific Standard net)
a)「ノルパックネット」の構成b)「ツイン(双子型)ノルパックネット」
遊泳力があり、水中を自由に泳いで生活するものを遊泳生物といい、多くの魚類のほか、頭足類のイカ、イルカ・クジラなどの海棲哺乳類がこれにあたります。これらネクトンは調査・研究用に開発された定量的に試料を採取できる採集具を用いる方法のほか、商用の漁具・漁法によっても採集されます。
仔稚魚など小型の遊泳生物の定量採集にはプランクトンネットに類似した仕組みの採集具が使用されます。遊泳生物は海の中でまばらにあるいは斑状(パッチ状)に分布しているため、多くの海水をろ過して採集します。そのため、遊泳生物の採集具は網口が大きく、水の抜け(ろ過効率)の良い網地が用いられます。網地の目合いはプランクトンネットよりも大きく、遊泳能力の高い生物の採取のために極力高速で曳網できるように強度のある網地が採用されています。代表的なものとして稚魚ネット(図4)やMOHT(図5)があります。
図4 稚魚ネット
稚仔魚採集用の表層水平曳きネット。舷側の水面付近に網を入れ、船を走らせて水平曳きします。目詰まりによるろ水効率の低下を抑えるため、前部には目の粗いモジ網が使用されています。夜間に曳網する場合、光による生物の集散が無いように船の照明を消した状態にします。
図5 MOHT
フレームトロールの一種。小型の魚類のほかオキアミなどの大型プランクトンの定量採集に用いられます。曳網速度の変化に応じて潜行力が変わる特殊な潜行板を備え、曳網中の深度安定性に優れます。
海洋生物試料を採取する方法として従来利用されている漁業的方法を選択することがあります。漁業的な方法は商業的に効率よく大量に水産生物を採取するもので、多くの生物個体を調査したい場合や水産生物資源量を見積もる際には有効な手段であると言えます。漁業的な方法として利用される漁具・漁法には、刺し網、巻き網、定置網などの網漁具を使う方法のほか、延縄、釣り竿などの釣り漁具を使うもの、銛で突く、鉤で岩から引きはがすなどの種類があります。
図6 漁具・漁法の例
海洋観測手法「オッタートロール」へのリンク→
海底面上や堆積物(泥や砂)の中で生活している生き物を底生生物といいます。海藻、イソギンチャク、サンゴ、貝類、ゴカイ、ヒトデ、カレイなど多様な分類群の生物が含まれます。
底生生物を採取する方法には、網やバケットを海底面上で引きずる方法のほか、採泥器を使って生活の場である堆積物ごと採取する方法があります。採泥器による方法は底質の硬さや特性(堆積物か礫かなど)で生物採取の効率は左右されますが、網を曳く方法と比べると海底表面より下の方、すなわち堆積物中に生息する生物試料を得られます。
大型の底生性魚類を採取するには商用の漁具であるオッタートロールのような大型の漁具を使用する必要があり、大掛かりな専用の漁労機械と経験が必要となります。調査に用いられる採集具は、漁労設備のない調査研究船でも使用できるよう設計されています。
網やバケットを海底面上で引きずって底生生物を採集します。採取したい生物群集にあわせて曳網速度や網口の広さを考慮して設計された採集具を選択します。個体数密度が高く、わずかに海底面を搔き取るだけで採取できる生物であれば、図7に示すようなドレッジと呼ばれる採集具を利用して採取されます。一方で、個体数密度が低くより広い海底面をさらう必要がある場合や、遊泳力のある底生魚を採取するにはソリネット(図8)が有効です。
図7 ドレッジ
海底の底質を掻き取ることで、海底面や底質の中に生息する生物を採取します。a)生物ドレッジ b)円筒ドレッジ
図8 ソリネット
網口の両脇にソリ状のフレームを備えた桁(けた)網の一種。フレームを海底面上で滑らせるようにして網を曳きます。網口幅が一定であるため、曳網距離との積算から容易に曳網面積が算出されます。採集された個体数を曳網面積で割れば、個体数密度を推定することができます。