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    •  陸域から河川や大気を経由して海洋に流入した泥や砂などが海底に降り積もって堆積層が形成されます。また、海洋の生物生産過程あるいは化学的反応によって海中で生じた物質も同時に堆積し、海底堆積物の中にその時の地球環境が刻々と記録されていくことになります。よって、海底堆積物の分析による過去から現在にいたる地球環境変遷の解明はこれから先の気候変動予測に利用できると考えられています。

       一方、海底には海嶺のような地殻が剥き出しとなった場所も存在します。地殻を構成する岩石の分布特性は断層やプレート運動の痕跡を探りあてることができ、海底から採取される地殻・岩石の分析から地震発生メカニズムの解明が期待されています。

       採取される地質試料は対象とする研究目的や海域によって粒子サイズ、硬度あるいは粘度といった性質が異なるので、効率よく地質試料を採取するために種々の観測機器が開発されています。また、海底の形状や特性を観測する事前に調査して、安全かつ正確に試料採取をするためにマルチナロービーム測深機(海底地形探査装置)やサブボトムプロファイラーといった音響機器を併用することもあります。近年では、海底に天然ガスやメタンハイドレードなど有用資源が存在することが明らかとなり、海底資源調査を目的とした地質試料の採取も行われています。


    • 地質試料採取 採泥器 ドレッジ

                          図1 地質試料採取観測見取図

       図1に示した地質試料採取に使用される機器の多くは大型で高重量のため、観測船の後部に装備された門型のクレーン(Aフレーム)を使用して観測作業を行います。

       ここでは地質試料採取に現在用いられている柱状採泥器、グラブ式採泥器、その他採泥器、地殻・岩石試料採集器についてそれぞれ紹介します。


    •  柱状採泥器は円柱型の筒を海底に突き刺して堆積物試料を採取する観測機器の総称です。この採泥器は堆積層の層序を乱さずに試料を採取することが出来るので採取した試料を年代ごとに区分けて分析・解析が行われます。代表的な柱状採泥器としてピストンコアラー、マルチプルコアラー、アシュラ採泥器、フレーガーコアラ―、不攪乱採泥器があります。

    • ピストンコアラー

       ピストンコアラ―は重力自由落下式の採泥器で、メインウェイトの下に接続した金属製の筒を海底に突き刺して海底下数mから最大20メートル程度の堆積物を円柱状に採取します。このタイプの採泥器の中では最も深くまで採泥することができ、採取された試料を用いて数百年から数十万年前の地球環境を推定できます。

       ピストンコアラーの観測作業手順は次のようになります。まず、天秤式のトリガーにピストンコアラ―本体を接続し、海底付近までウインチを使って降下させます。海底にパイロットウェイトが接触するとトリガーが作働して採泥器が自由落下し、その勢いと自重により海底に貫入します。貫入時に筒中をピストンが上昇することで陰圧が生じ、スムーズに深くまで採泥器を貫入させるのがピストンコアラ―の特徴です。さらにその陰圧がパイプ下部からの試料の流失を防ぎます(図2)。

       一方、採泥器を海底に突き刺す時に堆積物表層の試料を攪乱してしまうので、パイロットウェイトに小型のコアラーを使用して堆積物表層を別に採取する方法があります。

      ピストンコアラー

                       図2 ピストンコアラーとピストンコアラー概略図 

      採泥器詳細コースへのリンク→「ピストンコアラー
    • マルチプルコアラー

       マルチプルコアラーは図3に示すように金属パイプで組上げられたやぐらとその中を昇降する錘、そこに取り付けたポリカーボネート製の筒で構成されます。やぐらが海底に着底すると錘が降下して筒が静かに堆積物に貫入し、海底表層30㎝程度までの堆積物を海底直上水とともに採取できます。複数本の筒を取り付けられることからマルチプルコアラーと呼ばれています。

       この採泥器で採取される試料は筒の中で堆積物が攪拌されることが少ないので海底の環境をそのまま船上に持ってきたことになります。そのため海底直上水と堆積物間の物質交換による相互作用や堆積物表層に特異的に生息する微生物の動態などの研究に幅広く活用されています。


      マルチプルコアラー

                    図3 マルチプルコアラー

       採泥器詳細コースへのリンク→「マルチプルコアラー


    • アシュラ採泥器

       錘に3本のポリカーボネート製の筒を装着した小型柱状採泥器です。マルチプルコアラーのようなやぐらはありませんが、ゆっくりと海底に貫入させることが出来ればマルチプルコアラーと同様の試料を採取することができます。また、海底からの引き抜き時に上下の蓋が閉じて堆積物試料を落下させない機構はマルチプルコアラーと同じ方式です。

       この採泥器をピストンコアラー観測のパイロットウェイトとして装着することでピストンコアラーでは攪乱されてしまう堆積物表層を一連の観測作業で同時に採取できます。


             

       

            

             図4 アシュラ採泥器

      画像提供:地方独立行政法人 北海道道立総合研究機構


    • フレーガーコアラー

       金属製の筒の上部に錘が備えられたロケットのような形をした重力自由落下式の柱状採泥器です。海中を自由落下させる勢いと自重により海底に貫入し、海底表層数十㎝の堆積物を採取できます。筒の中には塩化ビニルやアクリル製のチューブ(インナーチューブ)を挿入し、チューブの中に採取された堆積物が保持されます。また、筒の下部には金属製の逆止弁、筒の上部には採泥器を海中で持ち上げる時に閉鎖する蓋が備わっていて、採取された堆積物の落下を防ぎます。

       この採泥器は比較的小型で人の力で持ち運びが可能なため、ウインチやクレーンなどの設備を必要とせず人力でも観測作業ができます。そのため、主に東京湾や瀬戸内海のような内湾や沿岸域の調査に適してます。また、アシュラ採泥器と同様にピストンコアラーのパイロットコアラーとして使用できます。


        図5 フレーガーコアラー

        画像提供:株式会社 離合社

       


    • 不攪乱柱状

       不攪乱柱状採泥器は錘に接続したアクリル製の筒の先に金属製のビットを取り付けた採泥器です。この採泥器は海底に到着すると錘上部に備わったトリガーが作動し、自重を利用してゆっくりと海底に貫入します。そして、回収時にワイヤあるいはロープが引き上げられるとビット部分が90度回転して蓋となり試料の脱落を防ぎます。この機構から内湾や湖沼の堆積物が柔らかい場所での使用が主流です。また、機器の本体重量は人の力で持ち上がる程度なため、小型船舶による調査に適しています。


         図6 不攪乱柱状採泥器

       画像提供:株式会社 離合社

    •  グラブ式採泥器は左右に開く半円形のバケット(グラブバケット)を用いてクレーンゲームの様に海底の堆積物を掴んで採取する採泥器の総称です。採取時に試料を攪乱してしまいますが、観測作業の操作の割には一定面積の試料を採取できることもあり、堆積物表層の性質や大まかな堆積物中の成分組成を調査するのに簡便な方法であります。また、堆積物中や海底表面に生息する底生生物を採取する目的でも使用されます。代表的なグラブ式採泥器としてオケアングラブ採泥器、スミスマッキンタイヤ採泥器、エクマンバージ採泥器があります。

    • オケアングラブ採泥器

       オケアングラブ採泥器はグラブバケットと天秤式トリガーを組み合わせたグラブ式採泥器です。採泥器が海底に近づくと天秤式トリガーが作動して採泥器が自由落下します。その落下の勢いでグラブバケット部が海底にめり込みます。採泥器の重量が大きいため砂礫のような比較的固い底質でも試料を採取できます。ワイヤを巻き上げるとグラブバケットが堆積物を掴み上げ、それに連動してグラブバケットの上蓋も閉鎖します。上蓋は採泥器を回収する際に海中でバケット内の試料を流失させない役割があります。この採泥器は底質が柔らかすぎるとグラブバケットが海底に埋まってしまい堆積物表面の試料を上手く採取できません。


          図7 オケアングラブ採泥器 

      画像提供:産業技術総合研究所地質調査総合センター地質情報研究部門

      オケアングラブ採泥器
            図8 オケアングラブ採泥器 作動概略図

    • スミスマッキンタイヤ採泥器 

       スミスマッキンタイヤ採泥器はグラブバケットとバネの力を利用してバケットを閉鎖する装置を金属製の枠に組み合わせたグラブ式採泥器です。海底付近から自由落下させて採泥器本体を海底にめり込ませます。通常はグラブバケットの部分まで埋まって、同時に枠に取り付けられたトリガーが作動してグラブバケットとその上蓋が閉鎖します。この採泥器はオケアングラブ採泥器と比較するとグラブバケットの厚みが薄いので軽量です。底質が比較的固い堆積物である場合は枠に錘を追加装着することで自重を増して観測を行います。取り扱いが簡便であり、一定面積の海底をえぐり取ることが出来るので浅海域での生物調査によく利用されています。


        図9 スミスマッキンタイヤ採泥器

       画像提供:鳥取県水産試験場 (https://www.pref.tottori.lg.jp/item/838972.htm

      スミスマッキンタイヤ採泥器
         図10 スミスマッキンタイヤ採泥器 作動概略図

    • エクマンバージ採泥器

       立方体の箱の底面にバネの復元力を利用して閉鎖するグラブバケットを取り付けたグラブ式採泥器です。まず、採泥器を海底まで降下して着底させます。その後、メッセンジャーを投下してトリガーを作動させると、グラブバケットが閉鎖して堆積物が採取できます。グラブ式採泥器の中では最も簡易型・小型の採泥器であり、湖沼、内湾あるいは極沿岸での簡易な調査に適しています。


         図11 エクマンバージ採泥器

           画像提供:株式会社 離合社

    • 円筒ドレッジ

       円筒ドレッジは単なる金属製の円筒であり、非常に単純な採泥器です。この採泥器は海底で堆積物をすくい取るように堆積物を採取します。円筒ドレッジを海底まで降ろしたら曳航して表層堆積物をすくい取ります。簡単な採泥器であるので採取時に堆積層が撹拌されてしまいますし、船上への回収時に試料の一部が流れ出てしまいます。荒い砂地であっても底生生物の採取が可能です。

      円筒ドレッジ

                   図12 円筒ドレッジ

       

    •  地殻・岩石試料は、採集器を利用して地殻や岩石を砕きあるいは削り取って採取します。海底の大部分は堆積物に覆われているので、岩石試料を採取するためには海嶺等の地殻が剥き出しとなった海底の位置を正確に探査する必要があります。また、そのような地形は起伏が大きく採集器が引っ掛かってしまうことも少なくないので、採泥器を扱う場合とは違った観測・操船技術が必要となります。ここではいくつかの岩石に関連する試料の採集器を紹介します。

    • ェーンバッグドレッジ

       チェーンバッグドレッジは金属製の鎖で作られた網と採泥箱を組み合わせた採集器で、岩場の海底や海嶺上を曳航して試料を削り取って採取します。堆積物の中に生息する生物を採取する生物ドレッジとよく似た形をしていますが、硬い海底でこすれても破壊されることがないように鎖でできた網を使用しています。この採集器は海底に着底したら船を前進させ曳航します。堆積物と岩石が混在する海底を図1のようにチェーンバックドレッジと円筒ドレッジとを組み合わせて使用することで堆積物・岩石試料を同時に採取する方法もあります。凹凸のある海底を引きずるので採集器が海底に引っ掛かることがあります。よって、観測中は常にワイヤに掛かる張力を監視し、異常な張力を観測した時は採集器が海底から外れるように操船技術を駆使して採集器を回収します。 

       図13 チェーンバッグドレッジ

      画像提供:産業技術総合研究所地質調査総合センター地質情報研究部門

    • ラー

       ロックコアラ―は金属パイプの上部に錘、下部先端に砕石・採集用の金具を取り付けた採集器です。地殻や岩石が剥き出しとなっている海底に採集器を衝突させて、砕いた試料を機器の先端と錘の側面に塗布したグリースに粘着させて採取します。海嶺のようなギザギザとした複雑な地形であるためにドレッジを曳航することが危険な海底から僅かでも岩石試料を採取するために開発されました。

      ロックコアラ―

           図14 ロックコアラー

       

  •  練習船 海洋学 海洋観測の手法