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北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
海水中に漂う浮遊生物(Plankton) はプランクトンネットを使って採集します。これまで、海洋に生息するプランクトン群集の種組成、それらの生態、あるいはプランクトン群集を介した物質循環など、研究の目的に応じて様々なプランクトンネットが開発されてきました。プランクトンネットの基本構造は枠にナイロンメッシュ(網)が取り付けられた「たも網」のようなもので、それを海中で移動させて海水からプランクトン群集を濾しとっていく単純なものです。プランクトンネットの原型となる測器はすでにチャレンジャー号の冒険航海(1872-1876)にて使用されていました。それから時がたち、海洋プランクトン群集の種組成やその生態が解明されるにつれてプランクトンネットの構造や曳網方法に工夫がされてきました。ここでは(1)プランクトンネットの構造および採集原理と(2)曳網方法を解説するとともに、プランクトンネット試料採取の定量性を高める方法としての(3)ネット深度の求め方および(4)ろ水量の計測について示します。また、現在よく用いられる(5)代表的なプランクトンネットを紹介します。
プランクトンネットの基本構造は開口部(網口)となる枠に網地を取り付けた単純な構造です。開口部となる枠部分の素材のほとんどは金属製で、形状は円形あるいは四角形とネットの種類によります。網地にはナイロンメッシュ(図1)が用いられることが多く、その目合いの大きさや形状を生かして採取されるプランクトン群集の選別を可能にしています。ナイロンメッシュそのものは製粉メーカーなどで粉体の粒度を整える、異物を取り除く、各種フィルターに利用するなど、工業的に広く利用されています。ナイロンメッシュはナイロンの糸(ナイロンモノフィラメント)を織って作成され、糸の太さ、目開き(糸の間隔)、織り方の違いによって様々な規格があります。その中で、植物プランクトン目合いおよび動物プランクトン目合いとしてそれぞれNYTAL XX13(目合い100μm)およびNYTAL 52GG(目合い335μm)と表記される規格のナイロンメッシュ地がよく利用されています。この網地は開口部の形状やネットの種類によって円錐形や円筒円錐形あるいは四角錐形に縫い合わせて作成します。また、採取されたプランクトン群集を取り出すための金物や器具(コットエンド)を網の最後尾に取り付けます。
図1 ナイロンメッシュ(NYTAL)の構造
プランクトンネットの採集原理を図2に示します。網口を前にして水中で網を移動させる(網を曳く)ことによって網口から入った海水はナイロンメッシュの目開き(目合い)よりも大きい粒子を残してネットを通過していきます。つまり、海水をろ過することによって、プランクトンネットが移動した水柱に存在したプランクトン群集を濃縮していることになります。
図2 プランクトンネットの採集原理
「鉛直曳き」、「傾斜曳き」「水平曳き」と呼ばれるプランクトンネットの曳網方法があり(図3)、研究対象とするプランクトン群集の生物量・分布および生態に応じて調査・研究の目的を考慮して曳網方法を選択します。
「鉛直曳き」は、停船させた船から海中にネットを降下させた後、引き上げるだけのもっとも単純な曳網方法です。巻き上げ機(ウインチ)に巻き取られているワイヤロープの先端にプランクトンネットを接続し、目的の深度と同じ長さだけそのロープを繰り出し、ふたたびロープを巻き取ることでネットを曳きます。一回の曳網によってろ過できる海水の量が限られる為、個体数密度の比較的高い生物を採集するのに適しています。また、比較的曳網時間(距離)が短く、曳網中に起こる試料の損傷を抑えられることから、動物プランクトン群集の飼育実験用など「活きのよい」ことが求められる試料の採取にも鉛直曳きが用いられます。
「傾斜曳き」と「水平曳き」は船を前進させながら網を曳くことによって大量の海水を濃縮するもので、個体数密度の低い、あるいは集塊が点在(パッチ状)する生物の採集に適しています。「傾斜曳き」は、ある目的の深度まで網を沈めた後、直ちに網の引き上げを開始する方法で、網を沈めた深さから水面までにわたる全ての層からまんべんなく試料が採集されます。通常は、網を沈めていく最中に網の中へ侵入する試料が極力少なくなるよう、ワイヤロープの繰り出し速度を速めるなどして短時間のうちに目的の深度に網を到達させ、逆に網を引き上げる際は、曳網距離を長く設定するためにゆっくりとワイヤロープを巻き上げます。そのため、網の軌跡は非対称のV字型となります。「水平曳き」は、網を目的の深度に沈めたのち、その深さに網を保ったまま船を前進させ続けることによって、特定の深度層の海水を大量にろ過する方法です。対象生物の生息深度が分かっている場合や、特定の深度層に生息する生物群集の生物量・組成などを調べる場合に用いられます。
図3 プランクトンネットの曳き方
a)鉛直曳き(Vertical tow):停船させた船から鉛直方向(真下)に沈めた後、巻上機(ウインチ)で網を引き上げます。
b)傾斜曳き(Oblique tow):前進している船から網を海中に下ろし、目的の水深に到達したらウインチで網を水面まで引き上げます。
c)水平曳き(Horizontal tow):網を目的の深度まで下ろした後、すぐに引き上げずにその深度に網を沈めたまま船を前進させます。
プランクトン群集の採集される深度情報は、それらの生態を研究する上で必要となります。プランクトンネットを「鉛直曳き」する場合、ネットをまっすぐ目的深度へ降下させられれば(ワイヤロープが水面と直角に海中へ入っている状態)、ウインチから繰り出されたワイヤロープ長がネット深度となります。一方、船舶はいつも風や潮流の影響を受けているので、船位を保つことはできません。また、ネット自体も同様に海中で潮流の影響を受けるので、ネットが船の直下から離れていくことが考えられます。船舶とネットが離れてワイヤロープが傾いた状態では、繰り出したワイヤロープの長さとネット深度が等しくなくなってしまいます。そこで、海中でワイヤロープはまっすぐである(たるんでいない)と仮定して、繰り出したワイヤロープの長さと図4に示す傾角度(θ)の正弦(sinθ)を積算することでネット深度を求めることができます。この時、希望する目的深度までネットを到達させるために必要なワイヤ長も傾角度(θ)がわかれば求めることができます。ワイヤロープの傾きを計測するための器具を傾角度板といいます(図5-a)。傾角度板は分度器のような半円状の盤面と、鉛直下向き方向を指し示す錘付きの指針とからなり、この指針とワイヤとがなす角度を傾角度とします(図5-b)。指針が鉛直下向きとなるように傾角度板を傾けることに注意が必要です(図5-c)。
図4 ワイヤロープの長さ・傾きとネット深度の関係
図5 傾角度板の使い方
観測現場では、図4に示した計算をする手間と時間を省くため、傾角度とワイヤ長、深度の関係を表した一覧表(図6: 傾角補正表)を用いてネット深度を割り出しています。この補正表は、ワイヤ傾角度(Angle)が「列」に、目的の深度(Depth)が「行」にとられており、それぞれが交差する箇所にその深度に到達させるために追加すべきワイヤ長が示されています。図6の例では、目的の深度が150 m(青枠)で、ワイヤ傾角が10°(黄枠)のとき、ワイヤロープを150 m+2 m(赤枠) =152 m繰り出すことによってネットを目的の深度に到達させることができることを表しています。傾角補正表には、あるワイヤ傾角における、ワイヤ長と実際のネット深度の関係を示したものもあります。
参考:傾角補正表(エクセルファイル)
図6 傾角補正表
今日では深度センサをネットに取り付けてサンプリングの後にネットの到達深度を記録しています。また、アーマードケーブルにつながったネットであれば深度センサの情報がリアルタイムに船上で把握できます。また、音響通信技術を利用してリアルタイムに網の深度を監視できるシステムも利用されています。
プランクトンネットの網口を通過した海水の量、すなわちネットで濾し取った海水の量のことを「ろ水量」といいます。プランクトン群集が海中で均一に生息していたと仮定すれば「ろ水量」から調査海域のプランクトン群集の生物量を見積もることができます。そこで、ろ水量の測定にろ水計(図7)が用いられます。ろ水計はネットの網口にとりつけます。
図7 ろ水計(㈱離合社製)の外観とネットへの取り付け例
ろ水計の構造を図8に示します。外筒を通過する海水によって羽根車を回し、いくつかの歯車からなる減速機構で羽根車の回転をダイヤル式の指針の回転に変換する仕組みになっています。羽根車の回転数から網口を通過した海水の量(ろ水量)が算出されます。
図8 ろ水計の構造
ろ水計には3つまたは4つの指針があり、それぞれの一周が羽根車の百回転、千回転、一万回転、十万回転に相当します。図9「ろ水計の回転数の読み取り方」に示した例では、一番下の指針が1000と2000の目盛の間を指し示しているので、羽根車の回転数が1000以上2000未満(千の桁が「1」)であることがわかります。同様に真ん中の指針を読めば百の桁が「5」、一番上の指針を読めば十の桁が「2」、さらに一番上の指針の最小目盛の1/10まで読み取れば一の桁が「5」であると分かります。結果として回転数は「1525」と求められます。
図9 ろ水計の回転数の読み取り方
また、ろ水計の値はネットを曳網した距離に比例して変化しますが、同じ距離を曳網したにも関わらずろ水計の値が小さくなった場合、ネットに目詰まりが起きて海水のろ過能力が低下したことを示します。この時、ネットを通過できない海水が逆流し、ろ水量が少なくなるどころか網口を通過したプランクトン群集が吐き出されてしまうことが想定されます。
プランクトンネットには数多くの種類がありますが、ここでは日本国内の観測船・調査船でよく使用されている代表的なネットをいくつか紹介していきます。
①ノルパックネット(North Pacific Standard net: NORPAC net)
ノルパックネットは元北海道大学水産学部プランクトン研究室教授の元田 茂 先生(北海道大学名誉教授)によって考案された定量採集用の鉛直曳きプランクトンネットです。このプランクトンネットは、網口が直径45㎝の円型で、ネットの長さが180㎝の長円錐型と形状が定められており、広くプランクトン採集に用いられています。
異なる海域や季節あるいは異なる研究者によって採集された研究試料およびそれらのデータを比較することができれば、地球環境変遷に伴うプランクトン群集の変化を研究・調査する上で非常に有用です。つまり、それらの比較を可能にするためには同じ方法(ネットの形状や曳き方)でプランクトン試料を採集しなければなりません。そこで、1956年に開催された国際会議(a Meeting on Oceanography of the North Pacific,Honolulu)においてプランクトンの採集方法を国際的に統一すること(標準化)が提案され、北太平洋標準ネットに元田先生考案のノルパックネットが採用されました。またこの時、目合いが330μmのナイロンメッシュを動物プランクトン群集の採取に使用することも定められました。
ノルパックネットを二つ連結した「双子型ノルパックネット」(図10)は、目合いの違うネットを同時に曳くことによって、組成の異なる二種類の試料を得ることができます。一般によくとられている方法では、「動物目合い」と呼ばれる目の粗い(Nytal GG54、目合い:335μm)網と、「植物目合い」と呼ばれる目の細かい(Nytal XX13、目合い:100μm)網が併用されます。
図10 双子型ノルパックネット(NORPAC Twin Net)
[Open Access] Motoda et al., 1957, 北海道大學水産學部研究彙報
②ORIネット
個体数密度の低い動物プランクトンや稚仔魚を効率的に採集するために開発された、大口径(直径:160 cm、網口面積: 2 m2)の水平・傾斜曳き用円筒円錐形ネットです。東京大学海洋研究所(現 東京大学大気海洋研究所)の頭文字(Ocean Research Institute)をとってこの名称が与えられています。大型の網口によって大量の海水をろ過するうえ、曳網索の途中に錘を吊り下げることによって網が吹き流しのような姿勢となる(網口が曳網方向に対して垂直になる)ため、優れた採集効率を有します。
図11 ORIネット
このプランクトンネットは、二段式離脱器による閉-開-閉機構を使用することで、目的の深度層以外では網を閉じて海水をろ過しない(プランクトンを採集しない)ようにすることができます。ORIネットの閉-開-閉機構の仕組みを図12に示します。まず、閉鎖ワイヤで網を引き絞った状態のまま、ネットを目的の深度まで沈めます(図12-a)。ネットが目的の深度に到達したら、船上からメッセンジャー(曳航索に沿って降下させる錘)を投下します。メッセンジャーが離脱器のトリガに衝突すると、閉鎖ワイヤと閉鎖ロープの連結部を繋ぎ留めていたピン1が解放され、網が開きます(図12-b)。 曳網を終えたら、船上から二つ目のメッセンジャーを投下します。メッセンジャーが離脱器のトリガに衝突すると、ペンダントワイヤを繋ぎ留めていたピン2が解放され、ふたたび網が引き絞られます(図12-c)。
図12 ORIネットの閉-開-閉機構 (Omori,1965 を基に作図)
[Open Access] Omori, 1965, J. Oceanogr. Soc. Japan
③元田式水平ネット(Motoda Horizontal Net)
動物プランクトン群集を生息深度別に同時採集するためのプランクトンネットです。錘を吊り下げたワイヤロープに希望するいくつかの深度にネットを取り付けて曳網(水平曳き)することにより、複数の層で同時に試料採取することができます(図13-a)。曳網終了時に、ワイヤロープに沿わせた錘(メッセンジャー)を投下することによって網口を閉じ、網を引き上げている間に他の深度に生息する生物群集が混入することを防ぐ機能があります。ネットの閉鎖機構を図13-bに示します。網を閉じる際には、メッセンジャーと呼ばれる錘をウインチのワイヤロープに沿わせて船上から投下します。ワイヤロープを伝って落下してきたメッセンジャーがフレームの上部にぶつかると、網口を固定していたワイヤロープが掛け金から外れ、胴部に巻かれているワイヤによって網が絞られます。フレームの下部にメッセンジャーをぶら下げておけば、網を閉じると同時に下層に取り付けられたネットに向けてメッセンジャーを送りだすことができます。
図13 元田式水平ネット
[Open Access] Motoda, 1971, 北海道大學水産學部研究彙報
④ボンゴネット
魚類プランクトン(卵や仔魚)の採集を目的として開発された、水平・傾斜曳き用の円筒円錐形ネットです。二つの円筒状フレームを連結させた形状をしており、その連結部に曳網索と錘を接続して曳網します。網口の前に曳網索などの障害物が無いため生物の逃避を抑えられるうえ、水の抜けが良い網の形状をしているので、採集効率の優れた採集具としてプランクトンの採集にも利用されています。
図14 ボンゴネット
[Open Access] Posgay & Marak, 1980, J. Northw. Atl. Fish. Sci.
⑤多段開閉式ネット(Multiple Opening/Closing net)
動物プランクトン群集の海洋物質循環における役割を解明するために時空間的により詳細にプランクトンの動態を捉えることが要求されるようになりなりました。それを実現するために開発されたのが多段開閉式のプランクトンネットです。
図15にa)非閉鎖式ネット b)閉鎖式ネット c)多段開閉式ネットをそれぞれ使用して採取される水柱の試料採取層いわゆる採集範囲のイメージを示します。ノルパックネットに代表するようなプランクトンネットを使用して鉛直曳きによる試料採集をする場合、ネットを沈めた深さから水面までの水柱から試料を採集します。そのため、採集されたプランクトンがどの深さに分布していたのかを知ることができません(図15-a)。これまでに閉鎖機構を備えたネットが開発され、図15-bに示すように1回の操作で1層間に生息するプランクトンを採取することはできました。このネットを用いて曳網層範囲を狭く設定した採取を行えばプランクトン群集の生息深度をより精度よく解明できることが考えられます。しかし、曳網回数が多くなれば、試料から得られる情報の連続性が損なわれるだけでなく、時間や労力が費やされてしまいます。そこで、図15-cに示すように一度の曳網で複数の異なる範囲から試料を採集できるようにしたのが、複数のネットとそれらの網口を開閉する機構を備えた多段開閉式のプランクトンネットです。
図15 プランクトンネットの形式による水柱の採集範囲のイメージ。
a)非閉鎖式ネット b)閉鎖式ネット c)多段開閉式ネット
これまでに、傾斜・水平曳き用のMOCNESS(Multiple Opening/Closing Net Sampling System)(Wiebe et al.,1976)、RMT 1+8M (Multiple Rectangular Midwater Trawl)(Roe & Shale, 1979)、BIONESS(Bedford Institute of Oceanography Net and Environmental Sampling System)(Sameoto,1980)のほか、鉛直曳き用のVMPS(Vertical Multiple Opening and Closing Plankton Sampler)(Terazaki & Tomatsu, 1997)など、様々なタイプの多段開閉式ネットが開発・利用されています。これらのネットの網口には水温・塩分・深度などの水中センサが装備されており、プランクトンを採集するだけでなくその生息環境も同時に知ることができます。また、CTD採水システムと同様、アーマードケーブルと呼ばれる特殊ケーブルでネット(水中局)と船上の制御装置(船上局)とが接続されており、水中センサの計測値やろ水量、網口の開閉状態などをリアルタイムに監視しながら、任意のタイミングで網口の開閉を行うことが可能です。
図16 MOCNESS 出典:Wiebe et al. (1976)
図17 VMPS
[Open Access] Wiebe et al., 1976, J. mar. Res.
Sameoto, 1980, Can. J. Fish. Aquat. Sci.
[Open Access] Terazaki & Tomatsu, 1997, J. Adv. Mar. Sci. Tech. Soci.
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