海洋観測手法
主題大綱
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下図「おしょろ丸 海洋観測図」に示されるように、船舶を使用した海洋観測の手法には、停船させた船舶からワイヤーロープを伸ばして測器を海中に降下させる方法のほか、船を走らせて曳く(曳航)、海底に設置する(係留)、船から海に放流する(漂流)、音波を使って間接的に計測する、など多種多様なものがあります。ここでは、数ある観測手法を①CTD観測、②生物採集、③採水、④地質試料採取⑤音響計測の五つに分けて解説していきます。
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水温と塩分は最も基礎的な海水の特性であり、これらの鉛直分布を計測するCTD(Conductivity-Temperature-Depth profiler)観測は海洋観測の基本であると言えます。水温や塩分は、海水の力学を支配する「密度」を決定する変数であるだけでなく、海洋における生物的・化学的プロセスに影響を与える重要な因子でもあるからです。さらに、音響測深機に代表される音響計測の分野においても、水中音速や音波の吸収減衰を見積もるうえでCTD観測が欠かせないものとなっています。
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海洋調査の現場では、古くから生物標本が収集されてきました。前出のチャレンジャー号による探検航海では4千種を超える未知の海洋生物が発見されたといいます。今日においても、海の「どこ」に「どのような」生き物が「どれくらい」いるのかを明らかにするため、調査の目的に応じた種々の手法で海洋生物が採集されています。採集した生物試料は、個々の生物種の生理・生態に関する研究のみならず、地球環境と海洋生物の相互作用(生態系)の解明に向けた研究にも利用されています。
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海水中に溶けている主要な成分は「塩化ナトリウム」であり、これが海水の塩辛さのもとになっています。そのほか、植物プランクトンの成長に必要な「栄養塩」や、窒素、酸素、二酸化炭素といった「気体成分」、様々な起源からの「有機化合物」、あるいはウイルス、細菌、鉱物の微粒子などが溶け、混ざりあって海水を構成しています。海水を採取してその成分を分析し、海域における分布を把握することで、海洋の環境動態や地球環境の変遷を明らかにしようとしています。
海の中のある層から海水を採取するには採水器と呼ばれる器具を用います。採水器は、蓋を開けた状態で目的の深度まで下ろし、その場で蓋を閉めることによって任意層の海水を採取するものです。このほか、ポンプで汲み上げる方法や、バケツですくい上げる方法によって海水が採取されます。ポンプでくみ上げた海水をセンサで計測したり、分析装置に直接導入して測定したりすることによって、海水成分の分布を連続的に把握することができます。
分析項目の多様化や分析精度の向上が進むにつれ、採水器は大型化してきました。分析に必要な海水の量が減ってきた一方で、汚染の影響を抑えるためにより多くの海水を採取することが求められてきたのです。また、わずかな汚染も起こらないよう、採水器の材質や仕組みに改良が施されてきました。
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海の底には泥や砂、礫といった粒子が長い年月をかけて降り積もり、堆積層が形成されています。海底堆積物を採取してその特性を詳しく調べることによって、堆積層が形成される過程で起こった過去の出来事(地質学的イベントや海水温の変化など)を読み解き、地球環境の将来予測に役立てようとしています。また、海底下に眠る資源の探査や、海底に生息する生物を採集する目的でも堆積物が採取されます。
堆積層のさらに下へと目を向けると、そこには固い岩石からなる層(地殻)が存在しています。地殻から岩石を採取し、その化学組成や構造を解析することで、その成因や変性の様子を知ることができます。地殻を構成する岩石の分布特性は地震を引き起こすとされるプレートの運動と密接に関係しており、岩石試料の採取を通じて地震発生メカニズムを解明することが期待されています。
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海中におけるリモートセンシングやデータ伝送には、多くの場合音波が利用されています。水中における吸収減衰の大きい電磁波(光・電波など)と比べ、音波はより遠くまで伝搬するからです。船から発信して跳ね返ってくる音波信号を探知し、離れた場所の物標までの距離を計測する技術はソナー(SONAR: SOund and NAvigation Ranging)と呼ばれ、船舶の安全航行に不可欠なものとなっています。1912年のタイタニック号沈没事件を契機に発展を始めた音波探査技術は、今日では測深(水面から海底までの距離を測ること)だけでなく、魚群探知、流向流速計測といった数多くの水中音響技術に応用され、迅速かつ広範囲に海洋の有様をとらえる手段として利用されています。