單元大綱

    • 北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希

       

       16世紀初め頃、造船技術や航海術の急速な発達によってより外洋へあるいはより長期間の航海が可能となった大航海時代が訪れたことで、地球が球体であることが証明され、新大陸の発見のような海洋と大陸の地理的関係が明らかとなるなど、人類の海洋探求心が高まりました。

       19世紀後半には、イギリスのチャレンジャー号による世界一周の調査航海を代表としたいくつかの調査・研究航海が行われ、正確な海洋の地形、海水の性質、海底の地質、海洋生物の分類等に関する膨大な成果が報告されました。この時、現代の海洋観測技術の礎となる手法を用いた調査が行われ、海洋探求は「冒険」から科学的知見を得るための「海洋観測」へと移行したと言えます。

       20世紀の後半に入ると地球環境変化への理解が進み、地球温暖化現象が深刻な問題として注目されるようになりました。産業革命以降の人間活動によって大気中に放出された二酸化炭素を代表とする温室効果ガスの大気から海洋へ吸収あるいは海洋から大気へ放出と言った大気-海洋間相互作用の存在に注目が集まります。地球表面の7割を占める海洋はそのすべての表面で大気と接しており、温室効果ガスの挙動を考えるにあたっては大気-海洋間の相互作用が大変重要あるとの認識が広まりました。一方、直近の100年間で日本の平均気温は1.24℃、日本近海の海水温であれば1.14℃上昇したと報告されています(気象庁,2019)。この気温および海水温の上昇は一年当たり0.01℃程度の微細な変化であり、小さな年々変化を正確にとらえるためには高精度・高確度な観測データが必要となります。そこで、海洋研究の国際協力活動において観測機器開発や観測手法の標準化が行われると共に、国際的な共同観測プロジェクトによって数多くの海洋観測が計画・実行されるようになります。近年では人工衛星や係留系・観測ブイ・漂流フロートなどを利用した無人・遠隔で行う観測が開発され、人的・時間的・金銭的なコストを抑えて広範囲かつ大量のデータを得ることが可能となっています。

       しかしながら、船舶を利用しなければ、洋上を任意の場所まで移動することや海水、海洋生物、堆積物といった調査・研究試料を得ること、あるいは観測機器類を設置・回収することもできません。近代となっても依然として船舶は海洋観測の主要なプラットホームであり続けているのです。ここでは、船舶を用いた海洋観測手法の中で現在利用されている代表的な手法を紹介していきます。


    • ◀チャレンジャー号


    •  我が国では、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、気象庁、水産庁、水産研究・教育機構、海上保安庁、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)および大学などの教育機関が、海洋観測を行う船舶を所有しています。これらの船舶にはその用途に応じて「観測船」、「調査船」、「研究船」、「測量船」、「練習船」といった異なる呼び名がつけられており、それぞれの特色を活かした航海を実施しています。


    • みらい

      ◀海洋地球研究船 みらい(JAMSTEC

      世界でも屈指の観測・研究機能を有した大型研究船。優れた航行性と耐氷性能を活かし、極域を含めた広範な海域において長期の研究航海を実施している。






      提供:海洋研究開発機構


    • 白鳳丸

      ◀学術研究船 白鳳丸(JAMSTEC

       多種多様な研究ニーズに対応できる柔軟性の高い設計が特徴の大型研究船。2004年まで白鳳丸を所有していた東京大学海洋研究所(現大気海洋研究所)とJAMSTECとが共同して調査航海の企画・運営を行っている。





      提供:海洋研究開発機構


    • ◀地球深部探査船 ちきゅう(JAMSTEC

       地震発生メカニズムや海底下生命圏の解明などを目的として海底掘削を行う探査船。大深度まで掘削することのできるライザー掘削機能や、長期間におよぶ掘削作業に対応するための輸送用ヘリポートを備える。



      提供:海洋研究開発機構  (https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/#chikyu-2)


    • しらせ

      ◀南極観測船(砕氷艦) しらせ(海上自衛隊)

       南極の観測拠点(昭和基地)への観測隊員と物資の輸送を主務とし、南極海や航路上での海洋観測を行っている。


      出典:海上自衛隊ホームページ(https://www.mod.go.jp/msdf/equipment/ships/agb/shirase/)



    • 海洋気象観測船 凌風丸(気象庁)

       洋上での気象観測業務を行う。北西太平洋と日本近海に設けた観測ラインにおいて定期的に海洋観測を実施し、気候システムに影響を及ぼす海洋の変化を監視している。


      出典:気象庁ホームページ(https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/vessel_obs/description/vessels.html


    • ◀漁業調査船 開洋丸(水産庁)

       水産庁を代表する漁業調査船であり、水産資源調査、水産資源の動向に影響を与える海洋環境の調査を行っている。


      出典農林水産省Webサイト (https://www.jfa.maff.go.jp/j/senpaku/ships/kaiyo_maru.html)

    • ◀漁業調査船 北光丸(水産研究・教育機構)

       水産研究所に所属する調査船のひとつ。魚類の資源量調査やその餌となるプランクトンの調査、海洋環境のモニタリング観測など、漁業に関連した調査を行っている。


      画像提供 水産研究・教育機構(https://www.fra.affrc.go.jp/vessel/hokko/)


    • ◀測量船 平洋(海上保安庁)

       海上保安庁最大の測量船。主に、海図作成に必要な海底地形、海流、底質、地磁気などに関する調査を行っている。


      出典:海上保安庁ホームページ

      (https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/JCG/images/heiyoL.jpg)

    • 白嶺

      ◀海洋資源調査船 白嶺(JOGMEC

       深海用の掘削装置などの調査機器を備え、日本周辺海域の海底資源探査を行っている。


      出典:独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構ホームページ

      (http://www.jogmec.go.jp/metal/metal_10_000005.html)

    • ◀練習船 耕洋丸(水産大学校)

       海技士教育のための実習に加え、水産に関する各種調査・研究を行っている。



      画像提供 水産研究・教育機構(https://www.fra.affrc.go.jp/vessel/koyo/)


    • ◀練習船 おしょろ丸(北海道大学)

       海洋・水産の調査・研究を実行するために最新鋭の調査・研究設備を搭載している。また、それらをオペレーションするスタッフが常駐し、乗船学生に対して最先端技術を教授するとともに研究材料を提供している。


    • (リンク:海洋観測に携わる日本の船舶)

       JAMSTEC                        https://www.jamstec.go.jp/j/about/equipment/ships/

       南極観測船                     https://www.mod.go.jp/msdf/equipment/ships/agb/shirase/

       気象庁                            https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/vessel_obs/description/vessels.html

       水産庁                            https://www.jfa.maff.go.jp/j/senpaku/ships/kaiyo_maru.html

       水産研究・教育機構       https://www.fra.affrc.go.jp/vessel/

       海上保安庁                     https://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/JCG/msa.html

       JOGMEC                         http://www.oed.co.jp/product/ship01.html

       大学の練習船等

                    鹿児島大学                         https://www.fish.kagoshima-u.ac.jp/aboutus/organization/tvs/

                    長崎大学                            http://www.fish.nagasaki-u.ac.jp/FISH/FUZOKU/fuzoku.htm

                    水産大学校                         http://www.fish-u.ac.jp/b_rensyusen/top.html

                    広島大学                            https://home.hiroshima-u.ac.jp/toyoshio/

                    三重大学                            http://seisuimaru.bio.mie-u.ac.jp/

                    東海大学                            https://www.u-tokai.ac.jp/about/research/facilities/bouseimaru/

                    東京海洋大学                     https://www.kaiyodai.ac.jp/overview/facilities/ship/trainingship.html

                    北海道大学                         http://ships.fish.hokudai.ac.jp/


  •  下図「おしょろ丸 海洋観測図」に示されるように、船舶を使用した海洋観測の手法には、停船させた船舶からワイヤーロープを伸ばして測器を海中に降下させる方法のほか、船を走らせて曳く(曳航)、海底に設置する(係留)、船から海に放流する(漂流)、音波を使って間接的に計測する、など多種多様なものがあります。ここでは、数ある観測手法を①CTD観測、②生物採集、③採水、④地質試料採取⑤音響計測の五つに分けて解説していきます。

    おしょろ丸 海洋観測図

  •  水温と塩分は最も基礎的な海水の特性であり、これらの鉛直分布を計測するCTDConductivity-Temperature-Depth profiler)観測は海洋観測の基本であると言えます。水温や塩分は、海水の力学を支配する「密度」を決定する変数であるだけでなく、海洋における生物的・化学的プロセスに影響を与える重要な因子でもあるからです。さらに、音響測深機に代表される音響計測の分野においても、水中音速や音波の吸収減衰を見積もるうえでCTD観測が欠かせないものとなっています。

    海洋観測手法①CTD観測

    CTD観測


  •  海洋調査の現場では、古くから生物標本が収集されてきました。前出のチャレンジャー号による探検航海では4千種を超える未知の海洋生物が発見されたといいます。今日においても、海の「どこ」に「どのような」生き物が「どれくらい」いるのかを明らかにするため、調査の目的に応じた種々の手法で海洋生物が採集されています。採集した生物試料は、個々の生物種の生理・生態に関する研究のみならず、地球環境と海洋生物の相互作用(生態系)の解明に向けた研究にも利用されています。

    海洋観測手法②生物採集

     

    プランクトンネット ノルパックネット

  •  海水中に溶けている主要な成分は「塩化ナトリウム」であり、これが海水の塩辛さのもとになっています。そのほか、植物プランクトンの成長に必要な「栄養塩」や、窒素、酸素、二酸化炭素といった「気体成分」、様々な起源からの「有機化合物」、あるいはウイルス、細菌、鉱物の微粒子などが溶け、混ざりあって海水を構成しています。海水を採取してその成分を分析し、海域における分布を把握することで、海洋の環境動態や地球環境の変遷を明らかにしようとしています。

     海の中のある層から海水を採取するには採水器と呼ばれる器具を用います。採水器は、蓋を開けた状態で目的の深度まで下ろし、その場で蓋を閉めることによって任意層の海水を採取するものです。このほか、ポンプで汲み上げる方法や、バケツですくい上げる方法によって海水が採取されます。ポンプでくみ上げた海水をセンサで計測したり、分析装置に直接導入して測定したりすることによって、海水成分の分布を連続的に把握することができます。

     分析項目の多様化や分析精度の向上が進むにつれ、採水器は大型化してきました。分析に必要な海水の量が減ってきた一方で、汚染の影響を抑えるためにより多くの海水を採取することが求められてきたのです。また、わずかな汚染も起こらないよう、採水器の材質や仕組みに改良が施されてきました。

    海洋観測手法③採水

    ニスキン採水器


     



  •  海の底には泥や砂、礫といった粒子が長い年月をかけて降り積もり、堆積層が形成されています。海底堆積物を採取してその特性を詳しく調べることによって、堆積層が形成される過程で起こった過去の出来事(地質学的イベントや海水温の変化など)を読み解き、地球環境の将来予測に役立てようとしています。また、海底下に眠る資源の探査や、海底に生息する生物を採集する目的でも堆積物が採取されます。

     堆積層のさらに下へと目を向けると、そこには固い岩石からなる層(地殻)が存在しています。地殻から岩石を採取し、その化学組成や構造を解析することで、その成因や変性の様子を知ることができます。地殻を構成する岩石の分布特性は地震を引き起こすとされるプレートの運動と密接に関係しており、岩石試料の採取を通じて地震発生メカニズムを解明することが期待されています。

    海洋観測手法④地質試料採取

     

     

  •  海中におけるリモートセンシングやデータ伝送には、多くの場合音波が利用されています。水中における吸収減衰の大きい電磁波(光・電波など)と比べ、音波はより遠くまで伝搬するからです。船から発信して跳ね返ってくる音波信号を探知し、離れた場所の物標までの距離を計測する技術はソナー(SONAR: SOund and NAvigation Ranging)と呼ばれ、船舶の安全航行に不可欠なものとなっています。1912年のタイタニック号沈没事件を契機に発展を始めた音波探査技術は、今日では測深(水面から海底までの距離を測ること)だけでなく、魚群探知、流向流速計測といった数多くの水中音響技術に応用され、迅速かつ広範囲に海洋の有様をとらえる手段として利用されています。

    海洋観測手法⑤音響計測

     




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