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    • 北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希

    •  音波を用いることで、広い海の中の様子を迅速かつ広範囲に捉えることができます。音波とは振動する物体が空気や水といった媒質の密度を変化させ、その密度の変化が隣接する媒質中を伝わっていくことによって生じる波動(粗密波)です。私たちの耳で聞くことのできる音(可聴音:20Hz~20kHz)よりも高い(周波数の大きい)ものを特に超音波といいます。

       音波には物質の境界面にあたると跳ね返る性質があり、跳ね返ってきた音波をエコー(echo: 反射波)といいます。音波信号を発信してからエコーが返ってくるまでの時間から対象物までの距離を割り出すことができ、そのようにして離れた場所にある物標を探知する装置がソナー(Sonar: Sound Navigation and Ranging)です。

       測深(水深を測ること)には、古くは水面から海底までロープや鋼線を伸ばす方法(錘測法)がとられていました。ソナー技術を応用して開発された「音響測深機」の登場によって測深の精度および効率が格段に向上し、数千メートルもの大水深であってもわずか数秒のうちに測深できるようになりました。図1に音響測深機の概念図を示します。船底などの水面近くに設置した送受波器から発信された音波は水中を伝搬していき、やがて海底面で反射します。反射して戻ってきたエコーを受信し、発信から受信までに要した時間(伝搬時間)に音速を掛け合わせれば送受波器と海底の往復の距離(伝搬距離)が算出され、その半分が水深となります。検知対象を海底から魚類などの水産生物まで拡張した魚群探知機は、効率的に漁獲をあげるのに不可欠な機器として漁業者に広く利用されています。


    • 音響測深機 仕組み

      1 音響測深の概念図

       海水中の音速は、水温・塩分・深度(圧力)によって変わりますが、おおよそ1,500m/秒です。伝搬時間が2秒の場合、水深は

                                     水深     =  2.0秒×1,500 m/秒÷2

                                                =  1,500 m

       と算出されます。


    •  エコーにはそれを反射した物体に関する情報が含まれているため、エコーを捉えて解析することによって遠く離れた場所の様子を知ることができます。この水中音響技術を応用して、魚群探知機の中でも魚種やサイズ・個体数まで推定する「計量魚群探知機」や、海底地形図を描く「マルチナロービーム測深機」、海流の向きや速度を計測する「ADCP」といった計測機が開発されています。ここでは、海洋観測に関わるこれら代表的な音響計測技術について紹介します。


    •  緊急車両が近づくときと遠ざかるときとでサイレンの音が違って聞こえる現象で説明されるドップラー効果を利用して対象の移動の様子(速さや向き)を計測する機器を一般にドップラーソナーといい、特に海水の流れを計測するものはドップラー流速計(ADCP: Acoustic Doppler Current Profiler)と呼ばれます。船底装備型ADCPを用いた航走観測によって、海中の流れ場の鉛直分布を連続的に計測することができます(図2)。

    • ADCP

      2 ADCPの航走観測によって得られる潮流ベクトル図


    •  ある周波数の音波を発信し、移動している物体によって散乱をうけるときに生じる周波数の変化量(ドップラーシフト)を計測することによって、その物体の移動の速さを求めるのがドップラーソナーの基本原理です(図3)。ADCP3つ以上の異なる方向に音波を発信し、海水とともに移動しているプランクトンなどの粒子によって散乱されるときに生じるドップラーシフトの違いを捉えることで、三次元的に複数の層の海水の動きを計測します。


    • ADCP 計測原理

      3 ドップラーシフトの概念図


    •  音響測深機が登場することによって船の航跡にそって水深を計測することが可能となりました。そこから発展して「面」の測深を実現したのがマルチナロービーム音響測深機です。この音響測深機は海底地形図を航走しながら描くことができ、海図作成や海洋研究などに広く活用されています。


    • マルチナロービーム測深機

      4 マルチナロービーム音響測深機の測深イメージ


    •  一般的な音響測深機が船の直下の一地点の水深を計測するのに対し、この測深機は左右方向に広がりを持った複数の地点の水深を同時に計測することができます。船を航行させながら測深を繰り返すことによって、海底の起伏が面的に描き出されていきます。測深地点の左右の広がりをスワス幅といい、スワス幅を大きくとればより広範囲を、逆に小さくすればより詳細に(細かく)測深することができます。



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      5 マルチナロービーム音響測深機の観測画面


    •  マルチナロービーム測深機の登場によって海底地形図の作成効率は飛躍的に向上しました。とはいえ、広大な海の底を調査し尽くすのは容易なことではありません。決められた航海日程のなかでカバーできる範囲は限られているので、複数の航海にわたってあるいは複数の調査船で幾度も調査を繰り返し、徐々に海底の様子を明らかにしていっています(図6)。


    • マルチナロービーム測深機 海底地形図の作成

      6 海底地形図の作成と調査航海の繰り返し


    •  サイドスキャンソナーは海底の起伏を三次元画像化するソナーで、主に沈船や漁礁などの構造物や海底地形の調査に利用されます。船底や曳航体についた送受波器から斜め下方に音響ビームを送波し、海底の凹凸にぶつかって戻ってくる音波を受信して海底の起伏を可視化します。送受波器の横方向(Side)を走査(Scan)することからこのように名付けられています。

       船底から送受波する音響測深機では、水深が大きくなるほど発信してからエコーを受けるまでの時間が長くなるため単位時間当たりの観測点の数が限られ、結果として得られる海底地形図も「粗く」なってしまいます。その点サイドスキャンソナーは、送受波器を海底近傍で曳航することでより高い頻度の送受波が可能となり、海底の起伏を精細に捉えることができます。


    • サイドスキャンソナー

      7 曳航式サイドスキャンソナー観測図

    •  海底資源の探索、地震発生メカニズムの解明あるいは海底土木工事の事前調査などを目的とした地層探査に、音波を用いた手法が用いられています。音波を海底に照射すると、海底に到達した音波の一部は海底面下まで浸透していき、地下の物質の境界面(例えば岩石と地下資源の境い目)で反射されます。船を走らせながら音波を照射し、地下からの反射波を捉えることで、地質構造の断面図を描き出すことができます。より深くまで音波を浸透させるため、地層探査には透過性が良く且つ強いエネルギーの音波が利用されます。

       地層探査に用いられる観測機器には、音響測深機と同様の仕組みで音波の送受波を行う「サブボトムプロファイラ―」(図8)や、海面付近で圧縮空気を一気に放出するなどして人工的に強烈な超低周波音(地震波)を発生させ、海面に展開させたケーブル状のセンサで反射波を受信する「反射法地震探査システム」(9)などがあります。


    • サブボトムプロファイラ

      8 サブボトムプロファイラ― 概念図


    • 反射法地震探査

      9 反射法地震探査システム 観測図


    •  超音波を用いて海中の魚の位置を特定する魚群探知機(魚探)は、商業漁業からレジャーまで広く利用されています。魚探のなかでも魚群の特性を定量的に評価する機能を有するものは計量魚探といい、水産資源量の推定に用いられています。計量魚探の計測結果は、どの深さからどれくらいの強さのエコーが返ってきたかを示した「エコーグラム」(図10)として画像出力されます。複数の周波数の音波を併用し、それぞれのエコーの違いを解析して、魚種やその大きさを識別することが試みられています。



    • 10 計量魚群探知機のエコーグラム


    •  一般的な魚探が船の真下にいる魚群しか捉えられないのに対し、スキャニングソナーは全周囲に向けて超音波を発信することであらゆる方向の魚群を瞬時に探知する音響機器です。表示断面の角度(俯角)を変えることによって探知範囲を船底の全周囲に調節することができます。遠方にいる魚群をいち早く発見するとともに、海中を移動する魚群を追尾することによって、効率的に漁獲を得ることができます。


    • スキャニングソナー

      11 スキャニングソナーの探知範囲とエコー表示


    •  携帯電話やテレビ放送、無線LANといった空中での無線通信には、電波が盛んに利用されています。一方、電波が著しく減衰してしまう海中では、音波を使って情報を伝送する「音響通信技術」が観測に活用されています。海中に展開された観測装置と無線で情報をやり取りすることによって、船舶からワイヤロープやケーブルを伸ばす手法のもつ制約を超えた観測が可能となっています。図12に音響通信を利用したいくつかの例を示します。

       海中係留式の海洋観測装置や海底に設置する海底地震計などの観測装置とのデータ通信や装置の回収時のコマンド信号のやりとりには音波信号が利用されます(図12-a)。自律型無人潜水艇のような母船から離れて水中を運航する装置を遠隔操作し、その計測値・映像データを船上に居ながらにしてモニタできるのも音響通信技術によるものです(図12-b)。また、漁具形状測定装置は、トロール網に取り付けた水中センサで曳網中の網の状態(深度・水温・傾斜・網の開口状態、曳網速度など)を計測し、時々刻々と変化する網の状態を船上でリアルタイムに監視することができます。(図12-c)。


    • 水中音響通信

      12 水中音響通信の利用例

      a)海中係留式観測装置 b) 自律型無人潜水艇 c) 漁具形状測定装置

    •  採泥器で堆積物を採取するときやCTD採水システム等で水面から海底ギリギリまでの観測を行うとき、安全に測器を海底付近まで降下させるために海底と測器との距離(水中高度)を把握する必要があります。そこで、水中で音波を一定間隔で発信する音響機器(ピンガー(Pinger))が利用されます。ピンガーは測器あるいは測器を吊り下げているワイヤロープに取り付けて測器と共に降下させます。ピンガーが発する信号(直接波)は海水中を伝搬し、船底に設けられた受波器によって受信されます。これに少し遅れて一旦海底にぶつかって反射してくる信号(反射波)が受信されます。この二つの信号の到達時間の差から、測器と海底の距離を知ることができます。また、この装置は正確な時間間隔(たとえば1秒あたり1回)でパルス信号(ping)を発信するので、連続的な受信が可能となり、リアルタイムに測器と海底までの距離を把握することができます(13)

    • ピンガー 水中高度の計測

      13 ピンガーによる水中高度計測の概念図

  •  練習船 海洋学 海洋観測の手法