General
北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
動物プランクトン群集の生活史や活動能力を考慮した海洋の物質循環を解明するには時空間的に高い分解能でそれらの分布を捉える必要があります。そこで、連続して複数の深度範囲からプランクトン試料を採集することのできる多段開閉式のプランクトンネットが開発されました。その中で、VMPS(Vertical Multiple opening and closing Plankton Sampler:鉛直多層式開閉ネット)は鉛直的に連続採集することに特化した装置として開発されました。VMPSには複数枚のプランクトンネットが装備されていて、曳網中にそれらのネットを順に開閉することによって層別にプランクトン群集を採集することができます。ネットの開閉はVMPS本体の深度、水温および塩分値を船上でリアルタイムに監視しながら、船上から送信する電気信号によって任意のタイミングで行います。MOCNESSやBIONESSといった代表的な多段開閉式ネットと比較して小型・軽量なため取り扱いが容易であることもVMPSの特徴です。VMPSは寺崎誠博士(東京大学名誉教授)が国内メーカーと共同して開発した国産の観測装置です。ここでは、VMPSの(1)構成、(2)ネットの開閉機構、(3)採集作業の概要について説明します。
[Open Access] Terazaki & Tomatsu, 1997, J. Adv. Mar. Sci. Tech. Soci.
図1 VMPS水中局
VMPSのシステム構成を図2に示します。VMPSは海中を移動させてプランクトンを採集する「水中局」と水中局への電源供給や電気信号の送受信を行う「船上局」、両者を電気的に接続するケーブル類で構成されます。
水中局を海中で昇降させるための「アーマードケーブル」は同軸ケーブルの外側を鋼線で被覆した特殊ケーブルで、CTD採水システムによる観測に用いられるのと同じものが流用されます。アーマードケーブルは専用の巻上機(ウィンチ)に数千メートル巻き込まれています。水中局からケーブルを通じて送られてくる計測値は船上局のモニタ上にリアルタイム表示されます。また、ネットを開閉させるためのトリガ信号も同様にアーマードケーブルを通じて船上局から水中局へ送られます。
図2 VMPS システム構成図
水中局の詳細を図3に示します。水中局はナイロンメッシュの網地を縫い合わせて作られた複数枚のプランクトンネットと、その網口を固定する四角形の金属製フレームとからなり、フレームには水中局の制御装置や現場の深度・水温・塩分を計測する水中センサ、ろ水計が組み込まれています。
フレームの上面に接続された4本のワイヤロープ(ブライドルワイヤ)で水中局を曳網します。フレームの下面に接続したロープ(力綱)には、水中局を沈降させるための重錘を吊り下げます。ネットの最下部(コッドエンド)は治具で束ねたうえで力綱に繋ぎ留めておきます。そうすることでネットのねじれや吹き上がりを防ぎ、曳網中のネットの形状が適切に保たれます。フレームからネットを容易に着脱できる仕組みになっており、調査の目的に合った目合いの網地に交換することができます。図3 水中局の構成
水中局の制御装置の写真を図4に示します。制御装置はネットを開閉させる機構(図4-a:ネット開閉装置)と各種制御基板や電源装置が収められた金属製の耐圧容器(図4-b: 水中チャンバ)で構成されます。「ネット開閉装置」はネットを開閉させる引き金(図4-a1:トリガ)とそれを作動させるためのモータ(図4-a2:トリガ用モータ)、海中でネットが正常に開閉されたことを検知するセンサ(図4-a3:ネット開閉検知センサ)からなります。「水中チャンバ」は船上局から送られてくるネット開閉信号に応じて「ネット開閉装置」を制御するほか、各種水中センサ(深度・水温・塩分・ろ水量)から受け取った出力を電気信号に変換して船上局へ送信します。
図4 水中局の制御装置
a)ネット開閉装置 a1)トリガ a2)トリガ用モータ a3)ネット開閉検知センサ
b)水中チャンバ
VMPSの船上局を図5に示します。船上局は「データ変換器」(以下、変換器)と「データ収録PC」(以下、PC)からなります。変換器は水中局に電源を供給するとともにPCと水中局(VMPS本体)の間で交わされる信号のやり取りを仲立ちします。PCにインストールされた専用ソフトウエアを用いてネット開閉信号の発信や計測データの記録・表示を行います。通常、船内の研究室等に設置された船上局は、図2のシステム構成図で示した通りアーマードケーブルと船内配線を介して水中局と接続されます。
図5 VMPS船上局
a) データ変換器 b)データ収録PC
写真提供: 山口 篤 博士(北海道大学水産科学研究院)
VMPSには複数のネットが取り付けられており、それらを順々に開くことでネットごとに異なる深度層の試料を採集します。ここでは、VMPSのネット開閉機構について説明します。
まず、ネットの形状と網口開閉状態の模式図を図6に示します。VMPSのネットは正方形の網口を持つ4枚のプランクトンネットからなり、隣り合うネット同士は網口の一辺でつなぎ合わされています(図6-a)。1番目のネット(ネット1:赤色)が開いているとき、その他のネットは閉じた状態にあります(図6-b)。ネット同士のつなぎ目には金属製の棒であるネット開閉バー(以下、開閉バー)が挟み込まれています。開閉バーをスライドさせるとネット1の網口が閉じ、それと同時に次のネット(ネット2:緑色)の網口が開きます(図6-c)。
図6 ネットの形状と網口開閉状態
a)ネットの形状
b)ネット1開状態
c)ネット1閉状態(ネット2開状態)
次に、開閉バーが駆動する仕組みを図7に基づいて説明します。開閉バーの両端は板バネに固定されています。開閉バーをトリガに固定すると、板バネは伸びた状態になります(図7-a)。トリガが作動すると、板バネの縮む力によって開閉バーがスライドします(図7-b)。
図7 ネット開閉バーの位置と板バネの伸縮状態
a)トリガ作動前 b)トリガ作動後
最後に、ネットを開閉させるトリガの仕組みを図8に示します。開閉バーの中央には固定用ワイヤが接続されています。固定用ワイヤ先端の金属球を掛け金の切り欠き部にひっかけて開閉バーを固定します。(図8-a)。掛け金はトリガフックとかみ合わせることで固定されます(図8-b)。水中局が船上局からの開閉信号を受けとるとトリガ用モータが作動し、カムが回転します。カムの動きによってトリガフックが解除されると掛け金が跳ね上がって固定用ワイヤが外れ(図8-c)、結果としてネットが開閉します。
図8 ネット開閉トリガの仕組み
a)ネット開閉バーの固定状態
b)トリガのセット状態
c)トリガ解除時の動き
VMPSによる採集作業は①前準備、②投入作業、③曳網、④揚収作業、⑤試料の回収の順に進めていきます。ここでは、それぞれの作業内容について順を追って説明していきます。
観測地点に到着する前に、水中局にネットやブライドルワイヤ、力綱、重錘を接続しておきます。また、水中局と船上局とをアーマードケーブルで接続した後、可能であれば船上での作動テストを行います。作動テストでは開閉装置や水中センサ類が正常に作動することを確認します。開閉バーをトリガの掛け金にセットしたら投入準備完了です。
観測地点に到着して停船したら、クレーンで水中局を海面上に吊り上げます。その後、アーマードケーブルを繰り出して水中局を海中に投入します。船内では変換器の電源を投入した後、PC上の専用ソフトウエアで水中局から送られてくるデータの表示・収録を開始します。
アーマードケーブルを繰り出し水中局を真下(鉛直方向)に目的水深まで沈めていきます。このとき、水中局の計測した各種データはPCでリアルタイムにモニタすることができます。VMPSの観測画面を図9に示します。この例では、赤いラインで水温の鉛直分布、青いラインでろ水計の回転数(最深部で0にリセットされている)、青いライン上の緑のマークでネットの開閉状態が表示されています。
図9 VMPS 観測画面
画像提供: 山口 篤 博士(北海道大学水産科学研究院)
図10 VMPSの曳網例
水中局を降下させている間は船上局のモニタで深度センサの計測値を監視し続けます。水中局が目的の深度に到達したら直ちにケーブルを巻き上げ、曳網を開始します。プランクトンの採集効率はネットを移動させる速度によって変わるので、曳網中に採集効率がばらつくことのないよう一定の速度でケーブルを巻き上げます。曳網中の任意のタイミングで船上局から開閉信号を送り、ネットを開閉します。通常は予め採集範囲(深度)を決めておき、水中局がその深度を通過するときにネットを開閉します。水温や塩分などの値を監視しながら、それらに基づいて採集範囲を決定することもあります。また、水中局が海中にある時、船と水中局の位置が離れてしまわないよう潮流や風の影響を考慮しながら操船しなければなりません。
*曳網の一例
VMPSの曳網例を図10に示します。この例では、水中局を1,000メートルまで降下させた後、上昇(曳網)中の750、500、250メートルの三つの深度でネットを開閉しています。そのようにすることによって、4つの異なる範囲(0~250、 250~500、500~750、750~1,000メートル)に生息するプランクトン群集を一度の曳網で別々に採集することができます。
図10 VMPSの曳網例
水中局を空中まで引き上げたら、データの収録を終了して変換器の電源を切ります。海中から回収された水中局がクレーンで吊り下げられている間にネットの外側からホースで海水を流しかけ、ネットに引っかかっている、あるいは網の目に詰まっている試料を網の最下部(コッドエンド)に流しこみます。この作業を「網洗い」といい、試料採取の定量性を高めるだけではなく、次回曳網時の試料への混入あるいは網の目詰まりによる採集効率の低下を防ぎます。網洗いを終えたら、クレーンで水中局を船に引き込んで甲板上に着地させます。
採集された試料をコッドエンドから取り出します。コッドエンドには塩ビ管が取り付けられており、その下端に固定されたナイロンメッシュで作られた袋あるいは塩ビ製のバケットに試料が集まります。袋型のコッドエンドは細いロープで塩ビ管に縛り付けられていて、ロープをほどけば袋を取り外すことができます(図11-a)。バケット型のコッドエンドはネジで塩ビ管に締め付けられており、反時計回りに回すことで取り外すことができます(図11-b)。甲板上にこぼしてしまわないよう注意しながらコッドエンドの内容物を試料瓶に移し替えます。
図11 VMPSのコッドエンド
a) 袋型 b)バケット型