常规
北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
MOHTは大型の動物プランクトンや稚仔魚、小型魚類の採集に用いられるトロール網の一種です。遊泳能力のある生物を採集しようとする時、その生物よりも速い速度で網を曳くことができれば網口からの逃避を抑えることができます。一方、高速でトロール網を曳航すると、抵抗の増加によって網が沈みにくくなるという問題が生じます。MOHTは曳網速度の上昇に応じて沈降力も増加する潜行板を備えており、高速で曳いても網が浮き上がりにくく且つ目的の深度で安定して曳網することができることから、層別採取に適した定量採集具として水産生物の資源量調査に用いられています。ここではMOHTの構成と観測および曳網作業について解説します。
[Open Access] Oozeki at.al. (2004)
図1 MOHTの投網作業
MOHTの構成図を図2に示します。正方形の金属製フレームに黒色のトロール網が固定されています。トロール網は高速(~4ノット≒秒速2メートル)での曳網に耐えうるよう、強度の高い合成繊維の網地で造られています。フレームの左右にとりつけられた姿勢制御板からそれぞれ2本、合計4本の同じ長さのワイヤロープをたらし、その先に潜行板を吊り下げます。フレームの上部に耐圧性のフロート(浮子)を取り付けることで浮力を与え、自重が網の深度に与える影響を低減させます。フレームの左右にブライドルワイヤを接続し、その先端を巻上機のワイヤロープ(メインワイヤ)で引っ張って網を曳航します。採集された試料が溜まる網の最後部(コッドエンド)には着脱可能なバケットが装着されています。網口を通過した海水の量を求めるため、フレームの内側にろ水計を取り付けます。
図2 MOHT 構成図
潜行板の形状と曳網時の姿勢を図3に示します。潜行板はV字状をした金属製の板であり、より強い潜行力が生じるように下側が凸の曲面になっています。最も効果的に潜行力を生じる角度(20°)に潜行板が保たれるよう、姿勢制御板への接続位置が最適化されています。潜行板が水流を受けるとその速さに応じた大きさの下方向への力(潜行力)が生じ、高速曳網時における網の上昇を防ぐ効果が得られます。
図3 潜行板
a) 前面図 b)側面図 c)曳網時の潜行板の姿勢(側面図)
MOHTは船を前進させることで水中を移動させる「水平曳き」あるいは「傾斜曳き」という方法で曳網します(リンク:曳網方法)。水中を移動させるスピードを速くしても浮き上がることなく安定した深度で曳網できるのがMOHTの特徴です。
MOHTの曳網作業の概要を以下に順を追って解説します。
1)船尾のクレーンを用いてフレームを甲板から吊り上げた後、MOHT最後尾であるコッドエンド部を海中に投下します。次に、船を前進させながらメインワイヤを繰り出してフレーム部分まで海中へと投入します。
2)メインワイヤを繰り出して目標深度まで網を沈めていきます。網が目標深度に到達したらメインワイヤの繰り出しを停止します。希望の速さまで船速を上げていき、任意の時間または距離を曳網します。
3)曳網が終了したらメインワイヤを巻上げてMOHTを水面まで引き上げます。巻上速度を落とし、徐々に船に近づけていきます。
4)フレームが船のすぐ後ろまで来たら船尾のクレーンでフレームを持ち上げて甲板上へ揚収します。MOHTの網は長いため、フレームを甲板上に揚収した時点では網の後部はまだ水中にあります。長い網を手繰り、コッドエンドを海中から持ち上げます。この時、MOHTを揚収する作業と同時に網の外側からホースで海水を流しかけます。これは、コッドエンドまで届かずに網の途中で引っかかっている、あるいは網の目に詰まってしまった試料を流してコッドエンドに集めるためです。この作業は試料採取の定量性を高めるだけではなく、次回曳網時の試料への混入あるいは網の目詰まりによる採集効率の低下を防ぎます。
5)コッドエンドに取り付けられたバケットまで揚収出来たら、バケット内の採集物を別の容器に移し替えて調査・研究試料とします。また、ろ水計の回転数を読み取って濾し採った海水の量を見積もります。
MOHTの深度安定性が優れているとはいえ、繰り出したワイヤロープが水中で受ける抵抗やワイヤロープの自重、網の目詰まりなどの影響によって、網の深度が曳網中に変化することもあります。メインワイヤの傾角度から網深度を求めるか、あるいは音響通信機能付きの深度センサ(図4: 漁具形状測定装置)を使って網深度を監視し、目的の深さから離れてしまった場合にはメインワイヤの長さを調整します。漁具形状測定装置と計量魚群探知機を組み合わせたシステムを用いれば、図5に示したようにエコーグラム上で生物群集の位置と網の深度を照らし合わせながら曳網することができます。
図4 漁具形状測定装置
図5 魚群探知機のエコーグラム上に表示される網の軌跡