魚の卵を科学する
海洋応用生命科学部門・増殖生物学分野・平松研究室の紹介です
海洋応用生命科学部門・増殖生物学分野・平松研究室の紹介です
国連による17の持続可能な開発目標(SDGs)の一つに掲げられているように、「海洋と海洋資源の持続的な保全・利用」は世界的な課題です。近年では、海洋環境の変化による天然水産物資源の減少や、世界的な水産物需要の増大により、効率的で持続的な水産物の増養殖技術開発が望まれています。
私たちの研究室では、「魚の卵を科学する」をキーワードに、魚類の卵形成に関する生理学的な基礎研究をベースとした、種苗生産技術開発や先端的技術を用いた育種試験に加え、効率的な魚類資源調査法の開発や魚類を用いたバイオテクノロジー技術開発に取り組んでいます。このような研究を通して、SDGs(飢餓をゼロに、海を豊かに)に貢献したいと思います。
国連では2021年からの10年間を、「海洋科学の10年」に定めて、SDGsに貢献することを目指しています。国連が定める海洋科学には、水産漁業の分野も含まれます。
国連による17の持続可能な開発目標(SDGs)の一つに掲げられているように、「海洋と海洋資源の持続的な保全・利用」は世界的な課題です。近年では、海洋環境の変化による天然水産物資源の減少や、世界的な水産物需要の増大により、効率的で持続的な水産物の増養殖技術開発が望まれています。私たちの研究室では、「魚の卵を科学する」をキーワードに、魚類の卵形成に関する生理学的な基礎研究をベースとした、種苗生産技術開発や先端的技術を用いた育種試験に加え、効率的な魚類資源調査法の開発や魚類を用いたバイオテクノロジー技術開発に取り組んでいます。
魚類の養殖を行う際、安定した種苗生産技術の開発は非常に重要です。しかし、水槽に入れただけでは産卵しない魚も多く存在します。
【ウナギ・キツネメバルなどの例】
種苗生産とは、養殖を行うための稚魚を作る作業です。養殖の最初は天然の稚魚を採集し育てたり、親を採集し産卵させることから始まりますが、それでは持続的とは言えません。稚魚を養殖し成魚まで育てて、再度採卵ができると、そのあとは天然資源に頼らず、養殖魚だけで種苗生産を持続することができます。二ホンウナギの場合、産卵期の天然親を採集できないため、稚魚が乱獲され絶滅の危機に瀕しています。稚魚から養成し産卵させる必要がありますが、養殖環境だと自然には産卵しません。また、胎生魚のキツネメバルのように、成熟まで非常に長い年数を必要とし、養殖環境では雄の精子がほとんどできない魚もいます。原因としては、性成熟や産卵・産仔に至る各段階で必要なホルモンを生産するスイッチが入らないためと考えられています。
環境・生体要因が整うと、視床下部から、「生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン」が生産され、それにより下垂体から、「生殖腺刺激ホルモン」が生産されます。これが卵母細胞をとり囲む細胞層(卵ろ胞細胞層)に作用し、性ステロイドホルモンや卵成熟誘起ステロイドホルモンが生産されて、卵成長や卵成熟を促進し、排卵に至ります。
ホルモン投与の際、オスなのかメスなのか、どの様な成熟段階なのか、などを知ること、あるいはホルモン投与後に成熟が進んだかどうかを確かめることは重要です。卵ろ胞細胞から放出される「雌性ホルモン」、それにより肝臓から放出される「卵形成関連タンパク質」は、性別・成熟度判定のマーカーとして利用できます。
魚類の「ホルモン」や「卵形成関連タンパク質」は、血液検査で検出や測定ができます。例えば、一般的な魚類の雌性ホルモンは、エストラジオール17β(E2)と呼ばれるステロイドホルモンであり、ヒト女性の血液中に存在している雌性ホルモンと同じです。この様に多くのステロイドホルモンは脊椎動物で共通であり、測定法も市販キットなどを流用することができます。一方、生殖腺刺激ホルモンなどのタンパク質性のホルモンや卵形成関連タンパク質などは、動物種により構造が一部異なり、それぞれの種において個別に検出・測定方法を開発します。血液中のステロイドホルモンやタンパク質の検出・測定法にはいろいろな手段がありますが、安価で一般的な方法の一つに抗原・抗体反応を用いた免疫化学的測定法があります。
免疫化学的検出・測定法を開発する最初の段階は、目的とする純度の高いタンパク質を「免疫抗原」として用意することです。複数のタンパク質を含む試料から目的のタンパク質の純度を高めていく作業を「精製」と言います。
卵形成関連タンパク質の精製例:
卵黄タンパク前駆物質はビテロジェニン(vitellogenin:Vg)と呼ばれます。左の図は、雌性ホルモンを投与したボラ(Mugil cephalus) の血液から3種類のVgを精製した時のフローチャートです。例えば、VgAの場合、初めにイオン交換カラムの一つPOROS HQ、続いてハイドロキシアパタイトカラム、VgB抗体を結合したネガティブ親和カラム、最後にゲルろ過カラムの一つSuperose 6を用い、合計4つのカラムクロマトグラフィーを経て精製しています。
ゲルろ過カラムのクロマトグラム例:
ゲルろ過カラムはタンパク質の分子量の違いに基づき分離する手法です。左図は、縦軸に吸光値、横軸に溶出分画番号を示したVgAの溶出クロマトグラムです。一般に、1本の対称的なピークが得られると、高純度に精製されていると考えます。
魚の精製タンパク質をウサギなどに注射すると、異物と認識され抗体を作ります。この抗体は、注射したタンパク質とは結合しますが、その他とは結合しません。抗体に発色・発光基質をつけて、その結合量を色や光として検出・測定します。
卵黄タンパク前駆物質の免疫化学的測定系:
左の図は、ボラ(Mugil cephalus) の卵黄タンパク前駆物質(VtgAa=VgAと同義)の化学発光免疫測定系における標準曲線(縦軸発光値、横軸VtgAa濃度)と血清希釈系列(雄血清が○、VtgAaを含む血清が●)。VtgAaが多いほど発光値が高くなり、夾雑する他の血清タンパク質(雄血清)とは反応していない。
卵黄タンパク前駆物質の測定例:
左の図は、様々な性成熟段階のボラの血清を用い、3種のVtgを免疫化学的に測定したものです。縦軸はVtg濃度、横軸は体重あたりの生殖腺重量(生殖腺体指数:GSI)です。性成熟の初期はVtg濃度は低く、GSI 10%を超え、産卵が近づくと減少する傾向が見られます。Vtgを性成熟・卵成熟の血液マーカーとして継続的にモニタリングすると、産卵やホルモン投与のタイミングを予測できます。
視床下部ー下垂体系:視床下部は間脳の一部であり、下垂体の上方に位置して自律神経系の中枢として機能する他に、下垂体機能を調節する。視床下部には神経ホルモンを分泌する神経分泌細胞が存在し、真骨魚類の神経分泌細胞軸索は下垂体に直接入り込み、下垂体ホルモンの分泌を調節する。下垂体においては、様々なタンパク質ホルモン(成長ホルモン、プロラクチン、ソマトラクチン、黒色素胞刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、生殖腺刺激ホルモン、副腎皮質刺激ホルモンなど)が合成され、血液中に放出されて、末梢の標的器官(例えば、生殖腺刺激ホルモン→生殖腺)に作用する。
卵巣・卵濾胞・卵母細胞:魚類の雌の生殖腺は卵巣と呼ばれ、多くの場合左右一対で、背部体腔壁から卵巣間膜により懸垂されている。卵巣の内部は卵巣薄板で構成され、そこに多数の卵ろ胞が存在する。卵ろ胞はろ胞組織と卵母細胞からなる。卵母細胞は卵成長期・卵成熟期を経て排卵され卵となり、精子との受精に至る。
性ステロイドホルモン:生殖腺では性ステロイドホルモンをはじめとして、様々なホルモンが作られる。性ステロイドホルモンは、コレステロールを前駆体として合成され、卵巣で作られるものは雌性ホルモン(エストロゲンとプロゲスチン)、精巣で作られるものは雄性ホルモン(アンドロジェン)と呼ぶ。狭義では、エストロゲンを雌性ホルモンと同義とする場合もある。魚類のエストロゲンの代表的なものはエストラジオール17β(略称E2)であり、雌の肝臓に作用して卵黄タンパク前駆物質であるビテロジェニンの合成を促進する。
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