Topic outline
概要
植物プランクトンの過剰な増殖である赤潮やアオコは水産業や沿岸環境および水棲生物に多大な影響をおよぼします。赤潮・アオコの対策として粘土散布や深層曝気あるいは濾過等の物理的・化学的な様々な方法がとられていますが、効果や費用および環境負荷の面でより良い方法の開発が求められています。
ところで、赤潮やアオコの発生域からは原因微細藻類を殺滅する能力を有する殺藻細菌が報告され、赤潮・アオコの消滅促進や原因藻類の増殖抑制に関与している可能性が示唆されています。また、殺藻細菌は海藻や水草表面に高密度で分布しており、水草の減少が赤潮やアオコの発生を促進している可能性もあります。そこで、人為的に藻場を形成する事で赤潮やアオコの発生を抑制する環境調和型の対策が期待されています。
研究の目的
殺藻細菌を利用した赤潮・アオコ対策は環境調和型の方法として期待されています。実際にこれまで数多くの殺藻細菌が報告されており、その培養液から殺藻物質が見いだされた例もあります。しかし、多くの殺藻細菌の殺藻機構は未だ不明である事、見いだされた殺藻物質が環境中での殺藻現象に関与しているのか不明である事、未分離(難培養)の殺藻細菌が存在する可能性がある事など、その有効な利用のためには解決すべき課題が残されています。
そこで、従来の天然物化学的手法による殺藻物質の同定研究に加えて、殺藻細菌のゲノム解析による生合成遺伝子の特定、水圏メタゲノム解析による殺藻細菌と原因藻類の環境中での分布の検討、環境水のメタボローム解析による殺藻物質の検出など多角的な分析を行い、実際の環境中での殺藻現象を物質科学のレベルで明らかにする事を目的とします。
赤潮・アオコ原因藻類と殺藻細菌との複雑な関係。これを理解して初めて、効果的かつ安全な利用法を確立できる。
どんな細菌が殺藻する?
環境試料から細菌を分離し、培養できた細菌をひとつづつ殺藻試験を行います。液体培地の時も寒天培地を使うときもあります。様々な環境試料や分離方法を使う事で、多様な殺藻細菌を得る事ができます。
殺藻活性を示した細菌から、種同定に必要な遺伝子領域(16S rRNA配列)をPCRで増幅します。次に増幅したDNAをシーケンサーで配列決定します。得られた配列はデータベース検索する事で、最も似ているものを探します。
これまでに海洋からはAlteromonas属など、湖沼からはPseudomonas属などの多くの殺藻細菌が見つかっています。いずれの場合も比較的培養が容易な細菌種が多いようです。これらは研究室では殺藻現象を起こしますが、本当に自然環境でも起こしているかはこの時点ではまだわかりません。
どんな殺藻物質を使う?
殺藻物質の同定は従来の天然物化学と同じ手法により行います。すなわち、殺藻細菌を培養し、生産物を抽出して、殺藻活性を指標に各種クロマトグラフィーで精製していきます。精製できたら、質量分析や核磁気共鳴などの各種スペクトル解析で構造を決定します。
しかし、これは培地という自然環境とは全く異なる外敵もいない高栄養の状態であり、また殺藻の対象となる微細藻類も存在しないという特殊な環境です。その様な状況で生産された物質が実際の殺藻現象に関与するのかどうかはこの時点ではまだわかりません。また、この物質を農薬の様に散布するという使い方はコスト面および環境負荷面で望ましくありません。
どういう遺伝子でつくる?
生合成遺伝子を明らかにするためにはまず殺藻細菌のゲノムを決定します。これには次世代シーケンスという、ハイスペックなDNA配列決定用の機器が必要ですが、現在の技術であれば細菌ゲノムの決定は難しいものではありません(コストはかかる)。
完全長ゲノムが明らかになれば、そこからは様々なバイオインフォマティクス(情報生物学)ツールを使って、化合物の生合成遺伝子クラスターを見つける事ができます。上の絵はantiSMASHというツールを使った結果で、遺伝子クラスター構成とそこから予想される生産物の構造を教えてくれます。
他の生物への影響は?
赤潮・アオコの原因藻類を殺滅できたとしても、他の水棲生物へ甚大な影響がでるようであれば困ります。同定した殺藻物質の他の生物への影響も検討します。遊泳能力のある魚類などは逃げる事ができますが、赤潮・アオコ原因藻類と同じ光合成生物で逃げる事が出来ない植物などへの影響は注意深く調べる必要があります。
後半へ続く
殺藻細菌を見つけて、研究室の中で培養する事で殺藻物質および生合成遺伝子を明らかにすることができました。ここまでは多くの蓄積のある研究手法が使えるため、比較的スムーズに進展しました。
しかし、本当にこの物質が実際の環境中で殺藻現象に関わるのか?それとも他の培養できない細菌や実験室では生産しないような物質が主役なのか?殺藻細菌による赤潮・アオコ対策を実用化するためには、実際の環境を調査しないといけません。ただし、ここから先はまだ世界で誰も達成できていない、フィールド調査と化合物や遺伝子研究を融合する手探りで進む世界になっていきます。さて、この研究は目標にたどり着くことはできるでしょうか?
実験室で起きたことが大沼でも本当に起きる??
これまでに見つけた細菌や殺藻物質の情報を足掛かりに大沼の化合物や遺伝子を調べてみよう!!