この章のまとめとして,分類学の意義について述べてみたい。分類学は非常に歴史のある学問で,その起源はアリストテレス(Aristoteles,紀元前 384~322
年)までさかのぼることができるといわれている。また,近代分類学は 1758 年 1 月 1 日を起点としており(この日付についても第 2 章で説明する),これも 260 年以上前である。そのため,分類学は「古くさい学問」と誤った認識を持たれてしまうこともある。しかし,だからといってないがしろにしていいわけではない。むしろ生物学全体に対して極めて重要な役割を担っているのである。
結果の再現性
生物学ではいろいろな材料を扱う。生物の個体そのものだったり,組織や細胞といった体の一部分であったり,あるいは個体群のような多個体を扱うこともある。しかし,いずれの場合も対象は生物である。生物を扱う以上,その名前を明示することは必要不可欠である。仮に,「なんだかよくわからない生物を使って,こんな実験をしたら,こんな結果になった」という論文があったとしよう。科学論文で最も重要なことの一つに,結果に再現性があることがあげられる。その研究結果が正しいことを証明するためには,同じ材料を使って同じ実験を行い,同じ結果が示されればよいのだが(ひところ話題になった STAP 細胞の一件では,この再現実験がうまくいかなかった),もし材料に何を使ったかがはっきりしなければ,同じ材料で実験をすることは困難で,再現性は保証できない。科学論文としては致命的である。再現性を保証するため,生物系の科学論文では材料の名前を明記しなければならない。したがって,生物の名前を決める役割を担う分類学は,生物学にとってなくてはならない学問領域なのである。
分類学者が失業する日
では,分類がどんどん進んでいき,あらゆる生物に名前が付けられ,分類学的な問題がすべて解決され,分類学者が不要となる日はくるのだろうか?
私はまずありえないと考えている。地球には非常に多くのまだ学名が付けられていない新種がいると考えられているからである。あくまで予想なので人によって値はさまざまだが,たとえば 2011 年に行われた試算では,地球上の真核生物(細胞が核を持つ生物)は約 870 万種(±130 万種),そのうち海産種は約 220 万種(±180 万種)で,地上では 86% が,そして海洋では 91% が新種と見積もられている(Mora et al., 2011)。つまり,地上では約 560 万種,海洋では約 200 万種が新種ということになる。過去約 250 年で約 120 万種が見つかっているので,同じペースで新種が公表されていったとしても,約 1600 年かかる計算になる。新種の公表だけでなく,分類学的な再検討を要する種やグループも次々と出てくるだろう。この先,分類学の重要性が変わることはないだろうし,分類学がやるべきことは山積みされている。分類学者が失業する日はそう簡単にはやってきそうにない。