Topic outline
単系統群と非単系統群
たとえば,近縁な 2 属を分類するとき,ある特徴の有無で分けることができれば非常に簡便である。その場合,どちらかは原始形質となることが多い(どちらも派生形質で,そのうちの一つはさらに派生状態が進んだ形質であることもある。前出のワニトラギス属とトラギス属の烏口骨と擬鎖骨に見られる特徴はこの関係にある)。
強大な犬歯で区別する
コチ科魚類のなかに,体と頭が非常に扁平化した Neoplatycephalus とコチ属(Platycephalus)がある。Neoplatycephalus は両顎などに強大な犬歯を持つのが特徴とされる。コチ属も数本の犬歯を持つが,それほど大きくはない。歯の大きさは非常にわかりやすい違いであるため,両者はこの特徴で明瞭に区別されていた。また,多くのコチ科魚類や他の近縁群はこのような犬歯を持たないため,強大な犬歯があるほうが派生形質で,ないほうが原始形質と考えることができる。したがって,Neoplatycephalus にとっては強大な犬歯が共有派生形質となる。このように,共有派生形質でひとまとめにできるグループのことを単系統群(monophyletic group)という(図 1.9A)。単系統群には共通祖先とそこから派生したすべての子孫が含まれる。
図1.9 3種類の系統群。Aは単系統群,Bは側系統群,Cは多系統群を表す。側系統群と多系統群は厳密には区別できないため,まとめて非単系統群として扱われる。
鳥とコウモリを一つのグループにすると
実際に 2 種の Neoplatycephalus と 5 種のコチ属について系統解析を行ったところ,図 1.10 のような系統関係が推定された(Imamura, 1996)。すなわち, Neoplatycephalus は単系統群と推定されたが,コチ属は単系統群とはならず, Neoplatycephalus を含めて初めて単系統群を形成する。このコチ属のように,共通祖先から派生した子孫から一部を除いた群のことを側系統群(paraphyletic group)という(図 1.9B)。系統群としては他にも多系統群(polyphyletic group)があり(図 1.9C),異なる複数の祖先種から派生した一部の種を含む群と定義される。たとえば,羽があることで鳥とコウモリを一つのグループにまとめれば,それぞれ祖先が異なるので(鳥は爬虫類から進化したと考えられているし,コウモリは哺乳類の仲間である),多系統群となる。
図1.10 2種のNeoplatycephalusと5種のコチ属(Platycephalus)の系統類縁関係。系統解析の結果,Neoplatycephalusは単系統群だが,コチ属は非単系統群と推定された。
このように説明すると,側系統群と多系統群は異なるもののように感じられるだろう。しかし,実は両者は厳密には区別できない。もう一度,鳥とコウモリの例を使って説明しよう。鳥もコウモリも,どちらも脊椎動物の仲間であり,そういう意味では比較的近縁といえる。鳥とコウモリの祖先をさかのぼっていけば,そのうち共通の祖先にたどり着く。つまり,鳥もコウモリもその共通祖先から派生した子孫となる。鳥とコウモリをまとめ,その他の子孫をすべて除いてしまえば,鳥とコウモリからなる群は「共通祖先から派生した子孫から一部を除いた群」となる。除いた「一部」の種数が非常に多いが(爬虫類とコウモリ以外の哺乳類を除くことになる),さきほど説明した側系統群の定義とまったく同じである。図 1.9B のような典型的な側系統群と多系統群は異なるもののように見えるので,説明のしやすさからこれらの用語を使うこともあるが,突き詰めると両者は区別することができない。このため,私は多くの場合,両者をまとめて非単系統群(non-monophyletic group)として扱うようにしている。
単系統群に分類群名を与える
多くの研究者は,共有派生形質で定義できない非単系統群を分類群として認めておらず,単系統群のみに分類群名を与える。私もそのような研究者の一人である。先ほどの Neoplatycephalus とコチ属の例では,Neoplatycephalus は単系統群で,コチ属は非単系統群である。したがって,このままではコチ属は分類群として認めがたく,新しい分類体系を検討する必要がある。やりかたはさまざまであるが,最も受け入れられやすいのは,変更をなるべく少なくした体系だろう。そこで私は,このグループ全体を Platycephalus(コチ属)とし,Neoplatycephalus の名前は使わないことにした。そのため,たとえば Neoplatycephalus conatus は Platycephalus conatus に変更される。みなさんのなかには,このグループを Neoplatycephalus とし,Platycephalus を使わないことにしてもいいのではないかと思った人もいるかもしれないが,それはできない。もちろん理由があるのだが,それは第 2 章の「国際動物命名規約について」で説明する。