北極海における動物プランクトン 2 種の生活史を解明
主題大綱
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・北極海に設けた氷上定点により1年にわたり採集されたプランクトン試料を解析。
・北極海の動物プランクトン相に優占する肉食性カイアシ類 2 種の生活史を解明。
・気候変動により今後予想される北極海の海洋生態系の変化の過去環境資料として重要な知見。
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北海道大学大学院水産科学研究院の山口 篤准教授と,米国ウッズホール海洋研究所,ロード・ア イランド大学の研究グループは,1997 年~1998 年にかけて北極海に設けた氷上定点において 1 年に わたり採集された動物プランクトン試料を解析し,北極海の動物プランクトン相に優占する,肉食性 動物プランクトン 2 種の生活史を明らかにしました。
北極海は冬期間に結氷するため,1 年にわたるプランクトン試料採集が困難で,年間を通しての試 料採集は極めて稀で,動物プランクトンの生活史に関する知見は乏しいのが現状でした。1 年にわた るプランクトン採集試料として,1997 年~1998 年にかけてカナダの砕氷船を氷上定点の基地として 採集した時系列採集試料は,SHEBA 試料として知られています。研究グループはこの SHEBA 試料 を解析し,動物プランクトンに優占する肉食性カイアシ類 2 種の生活史を明らかにしました。北極海 の海洋生態系において肉食性カイアシ類は,高次捕食者である魚類の餌になるだけで無く,大型な粒 子食性カイアシ類の初期発育段階個体を捕食する,海洋低次生態系内の物質循環を左右する重要な役 割を担っています。
本研究の成果は,気候変動により今後予想される北極海の海洋生態系の変化を評価する際の,過去 海洋低次生態系に関する資料として重要な知見となります。 なお,本研究成果は,2022 年 4 月 23 日(土)公開の Journal of Plankton Research 誌に掲載され ました。
1997 年 10 月から 1998 年 10 月にかけて行われた北極海に 設けた氷上定点。観測・採集 の基地となったカナダの砕氷 船(写真はドナルド K ペロ ヴィッチ博士撮影)
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北極海では近年,温暖化が急速に進行しています。温暖化が海洋生態系に及ぼす影響は,世代時間の 短い,海洋低次生態系を構成するプランクトンに,最初に表れます。しかし,北極海は季節的に結氷す るため,1年間を通してのプランクトン試料採集は困難で,その生活史に関する知見は少ないのが現状 でした。1年間を通してのプランクトン採集を行うには,氷上定点を設けて,時系列採集を行うことが 有効です。これまで氷上定点を設けて時系列のプランクトン採集を行った中で,史上最も成功したのが, 1997 年 10 月から 1998 年 10 月にかけて,カナダの砕氷船を観測基地として時系列採集を行った研究 プロジェクト「SHEBA」でした(概要図)。同プロジェクトで採集した動物プランクトン試料を SHEBA プランクトン試料といいます。この SHEBA プランクトン試料を用いて行った調査により「粒子食性カ イアシ類(植物プランクトンなどを摂餌する動物プランクトン)」の生活史は米国ウッズホール海洋研 究所の研究者により報告されていましたが,それ以外の種の生活史は未解析のままでした。
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1997 年 10 月から 1998 年 10 月にかけて西部北極海の氷塊上に係留された,カナダ砕氷船を観測採 集基地とした研究プロジェクト SHEBA が行われました(概要図)。SHEBA では約 2 週間に 1 回の動物 プランクトン層別採集が行われ,採集試料は 4%ホルマリン海水に固定されました(図1)。
これらの試料を今回,本学の山口准教授が米国ウッズホール海洋研究所の研究者と共同研究を行い, 同試料中に優占する動物プランクトンのうち未解析であった,優占する肉食性カイアシ類 2 種を,発育 段階や再生産状態毎に同定計数を行いました(図2)。
図1.氷上定点において1年間にわたり採集された動物プランクトン試料。
図2.プランクトン試料中に出現した動物プランクトンの肉食性カイアシ類。カイアシ類は甲殻類で,脱皮を行い親に成長。受精や抱卵の有無などから再生産時期を特定。
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試料中に優占した肉食性カイアシ類は 2 種が居ました。1 種は体サイズが大型なパラユーキータ・グ ラシアリスで,もう 1 種は体サイズが小型なヘテロラブダス・ノルベジカスでした。これら 2 種の食性 は共に肉食性ですが,その摂餌様式や再生産様式は大きく異なることが知られています。パラユーキー タ・グラシアリスは待ち伏せ型の摂餌様式で,比較的大型な卵を孵化するまで抱卵する種です。一方, ヘテロラブダス・ノルベジカスは摂餌に用いる毒針を持ち,体サイズに比較して大型な動物プランクト ンを餌とすることが可能で,その卵はきわめて小型で,抱卵すること無く,多数の小型の卵を水中に産 卵する種です。これら両種の再生産はいずれも,北極海では日照の無い極夜にあることが分かりました。 しかし,その後の成長速度は種により大きく異なり,摂餌に毒針を用い,小型な卵を大量に産卵するヘ テロラブダス・ノルベジカスの成長は速やかなのに対し,待ち伏せ型の摂餌様式で,比較的大型な卵を 孵化するまで抱卵するパラユーキータ・グラシアリスの成長は遅いことが明らかになりました(図 3)。
植食性動物プランクトンと魚類の間をつなぐ動物プランクトンとして重要な,肉食性カイアシ類 2 種 の生活史を,SHEBA 試料を用いて明らかにしました。
図3.肉食性カイアシ類2種には,成長の早い種(赤:ヘテロラブダス・ノルベジカス)と成長の遅い種(青:パラユーキータ・グラシアリス)が存在。
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本研究によって,動物プランクトン相に優占する肉食性カイアシ類 2 種の再生産タイミングは同じで あるものの,その後の成長速度や再生産様式は種により大きく異なることが明らかになりました。両種 の再生産時期はいずれも,日照が無いため,従来は生物生産が乏しいと考えられていた極夜にありまし た。本研究の結果は,北極海の極夜が従来考えられていたよりも,生物活動が活発なことを示していま す。また両種の再生産時期は同じであるものの,その後の成長速度は種により大きく異なることが明ら かになりました。北極海の海洋生態系において肉食性カイアシ類は,高次捕食者である魚類の餌になる 3 / 4 だけでなく,大型な粒子食性カイアシ類の初期発育段階個体を捕食する,海洋低次生態系内の物質循環 を左右する重要な役割を担っています。そのため,今後の海洋環境変動に応じて,どちらの肉食性カイ アシ類が変化した環境に適応し,その個体数を増やすかによって,海洋低次生態系内における物質循環 がどのように変わるかが決まります。環境が変化しつつある状況にあるのが現在で,その対照資料とし て重要な,過去環境における動物プランクトンの生態を明らかにしたのが,本研究の位置づけです。
本研究成果を通して,今後の北極海における海洋生態系の変化の評価が可能になることが期待できます。
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・論文名
Comparison of population structure, vertical distribution, and growth of sympatric, carnivorous, mesopelagic copepods, Paraeuchaeta glacialis and Heterorhabdus norvegicus, in the western Arctic Ocean(西部北極海における同所的な中層性肉食性カイ アシ類パラユーキータ・グラシアリスとヘテロラブダス・ノルベジカスの個体群構造,鉛直 分布及び成長の種間比較)
・ 著者名
山口 篤 1,2,Carin Ashjian3,Robert Campbell4(1北海道大学大学院水産科学研究院,2北海道大学北極域研究センター,3米国ウッズホール海洋研究所,4米国ウッズホール海洋研究所,4米国ロード・アイランド大学)
・雑誌名
Journal of Plankton Research(プランクトン学の専門誌)
・DOI
10.1093/plankt/fbac019/6572651
・公表日
2022 年 4 月 23 日(土)(オンライン公開)