Topic outline
北太平洋西部亜寒帯域における生物ポンプ
海洋表層で植物プランクトンが光合成を行うと、海洋表層のCO2は有機炭素となり、その後沈降します。すると海洋表層のCO2は減少し、大気から海洋へCO2が溶け込みます。この一連の流れは生物ポンプと呼ばれています。本研究の対象海域である北太平洋亜寒帯西部(図1のWestern subarctic gyre内部)では効率的に有機炭素が深層へ輸送されることが分かっており(Honda, 2003)、中深層での微生物による有機炭素の分解が少ないことも知られています(Honda, 2020)。そのため、同海域の表層で生物生産が起こるとその多くが深層へ輸送されると考えられます。本研究では、生物生産に影響を与えると考えられている海洋中規模渦が、北太平洋亜寒帯西部において炭素循環へ与える影響を調べました。海洋中規模渦については、別コースの「海洋中規模渦:海の高気圧・低気圧」にて詳しく説明しています。
図1. 観測定点の位置K2 (47°N, 160°E) (★)
研究の方法
本研究では、観測定点K2(図1)の水深4810 mに設置されているセディメントトラップという、上から落ちてくる粒子を長期間にわたり捕集する装置により得られたデータを主に使用しました。
有機炭素フラックスの時系列変動
観測定点K2における全期間の平均有機炭素フラックスは4.2 ± 4.8 mg m⁻² day⁻¹であり、春季から秋季に高く冬季に低い季節変動をしていました(図2の赤線)。この季節変動は、海洋表層における春季・秋季の植物プランクトンブルームと対応していました。また、季節変動よりも明らかに高い、経年変動に伴う極大が12回観測されました(図2の青〇)。有機炭素フラックスとその1–2か月前の海面クロロフィル濃度の関係を調べた結果、12回観測された有機炭素フラックス極大の内11回の極大が、K2周辺における高い規模の植物プランクトンブルームに影響を受けていたことが示唆されました。
図2. K2における有機炭素フラックスの時間変動(黒棒,単位: mg m−² day−¹)。赤線は、季節変動を示す. 灰色のエリアは、データが無い期間を示す。 青〇と数字は、本研究で極大と考えた有機炭素フラックスデータとその番号
有機炭素フラックスの経年変動に中規模渦が与える影響
有機炭素フラックス極大の主な原因である、高い規模の植物プランクトンブルームがどのように起こったのかを調べました。衛星観測により捉えられた海洋中規模渦の分布と海面クロロフィル濃度の分布から、12回の有機炭素フラックス極大のうち、合計9回が中規模渦による水平輸送の影響を受けていたことが分かりました(図2、3)。「海洋中規模渦:海の高気圧・低気圧」で紹介されているように、中規模渦が栄養塩や植物プランクトンを水平輸送によって沿岸域から外洋域に輸送することで外洋域の生物生産を高めたと考えられます。そしてその結果として多くの有機炭素が深層に輸送されていたことが示唆されました。以上の結果・考察から、中規模渦はK2における有機炭素フラックス経年変動に大きな影響を及ぼしていたことが分かりました。
図3. 衛星クロロフィル濃度 (カラー、単位: mg m−3) および 絶対海面高度 (黒細線、間隔: 5 cm)。白いエリアは、データのないエリア。黒太線と赤太線はそれぞれ高気圧性渦と低気圧性渦の範囲を示す。白矢印はK2周辺のクロロフィル濃度に影響を与えていたと考えられる渦を指し示す。★はK2の位置。各図の右下の数字は、図2の有機炭素フラックス極大と対応。
参考文献
本コースの内容は以下に基づいています。詳しい内容は以下の論文をご覧下さい。
Dobashi, R., Ueno, H., Matsudera, N. et al. Impact of mesoscale eddies on particulate organic carbon flux in the western subarctic North Pacific. J Oceanogr 78, 1–14 (2022). https://doi.org/10.1007/s10872-021-00620-7