◇ 海盆域
一方,海盆域では低塩分な海氷融解水が表層に存在するため,塩分躍層が強固に発達しており,湧昇などによる深海から表層への栄養塩の供給は,陸棚斜面域を除いてほとんど見られない。陸棚域を通過してきた高塩分な太平洋水は密度が高いため海氷融解水の下に沈み込み(Codispoti et al., 2005),亜表層に小規模なクロロフィルαのピーク(< 1 µg chl.α/L)を形成する(Hill and Cota,2005)。
海盆域では一次生産量が少ないために動物プランクトン現存量も少ないことが知られている(Lane et al., 2008; Matsuno et al., 2012 b)。出現する動物プランクトンの種類は鉛直的に変化し,表層では粒子食性種が多いが,深層になると肉食性種やデトライタス食性種が多くなる(図4.2)。また,バロー渓谷付近の陸棚斜面域ではしばしば高気圧性渦が形成され,栄養塩をより高緯度へ輸送し,渦内では植物プランクトンによる一次生産量が増加することも報告されている(Nishino et al., 2011)。
このように,同じ太平洋側北極海内でも陸棚域と海盆域で海洋環境は大きく異なっているため,海氷の衰退が海洋生態系に与える影響を正確に評価するには,陸棚域と海盆域それぞれについてプランクトン群集構造の変動を解析する必要がある。