トピックアウトライン
概要
紅藻は藻類の中でも多様性に富んでおり、世界中に7,000種類以上あります。現在では遺伝子マーカーやゲノム情報が分類に活用されており、その数はどんどん増えています。海藻のタンパク質情報はゲノムにあります。紅藻は藻類の中でもタンパク質が多く、海苔では乾燥重量の40%も含まれることから次世代のタンパク質供給源として注目を集めています。タンパク質はアミノ酸の供給源としての役割に加えて、ペプチドとして我々の健康維持に寄与しています。ここでは道南の新たな未利用資源ダルスを活用するため、ミトコンドリアゲノムと葉緑体ゲノムの全構造を解明して健康機能性と関連させる研究を行っています。
ダルスの説明 ダルスは寒い地域に生息する紅藻で、日本では岩手県から北海道にかけて生息しています。ダルスも海苔に匹敵するタンパク質を含みます。紅藻の細胞壁はガラクタン(アガーやカラギーナン)が一般的ですが、ダルスの細胞壁はキシランから成ります。
健康機能性ペプチド アンジオテンシン変換酵素やジペプチジルペプチダーゼ4は血圧や血糖の上昇に関わる酵素です。特定のペプチドはこれらの酵素活性を緩やかに阻害することで急激な血圧や血糖の上昇を抑えます。
in silico解析 生体(in vivo)や試験管(in vitro)ではなくコンピューターを使う解析です。ここでは健康機能性(アンジオテンシン変換酵素を阻害)を持つペプチド情報をデータベースより取得して道南産ダルスの葉緑体にどのようなペプチドが含まれるか調べます。この情報はin vitroの結果と比較することで新たな機能性ペプチドの探索や機能性の高いダルスの生育情報を得るのに役立ちます。
研究の目的 本研究では、道南産ダルスのミトコンドリアゲノムと葉緑体ゲノムの全構造を解明して健康機能に関わるペプチドを探します。
道南産ダルスのミトコンドリアおよび葉緑体ゲノム
ダルスからゲノムDNAを抽出して、次世代シーケンサーによりゲノム構造を決めました。葉緑体ゲノムは192,409 bpの環状ゲノムでした。それにはリボソーム、光合成、ATP合成などの205個のタンパク質をコードする遺伝子がありました。ミトコンドリアゲノムは31,399 bpの環状ゲノムでした。それにはリボソームや電子伝達系などの27個のタンパク質をコードする遺伝子がありました。これらの全ゲノム情報は国立遺伝学研究所(ddbj.nig.ac.jp/)に葉緑体(AB807662)およびミトコンドリア(AP019296)として登録されています。
葉緑体ゲノムに含まれる健康機能性ペプチド
光合成は海藻の成長に欠かせません。葉緑体は光合成に関わるタンパク質を多く持ちます。藻体に含まれるアミノ酸の組成を葉緑体のタンパク質と比較すると良く似ていました(表1)。そこでアンジオテンシン変換酵素を阻害するペプチド情報をBIOPEPデータベースより取得して葉緑体ゲノムのタンパク質と比較しました(表2)。これはトリペプチドに着目した結果ですが、光合成(PS)と代謝(Meta)に多くのペプチドが含まれることが分かりました。藻体に含まれる各成分量を計算することでより正確な情報になります。
道南産ダルスの遺伝的な分類
系統樹 ミトコンドリアの遺伝子(cox1)と葉緑体の遺伝子(psbAとrbcL)をつなげたものを最尤法により作りました。赤で囲ったものが道南産ダルスです。ミトコンドリアと葉緑体ゲノムが解読された大西洋のダルス(Palmaria palmata)とは葉緑体ゲノムはとても似ていました。しかしこれらは遺伝的に離れている可能性があります。
ミトコンドリアゲノム構造の違い 道南産ダルスと大西洋ダルスのミトコンドリアゲノムは2つの違いがありました。1つはリボソームRNAにあるイントロンの大きさが異なります。もう1つは、2つの遺伝子(orf43とorf44)が逆向きでした。
道南産ダルスのタンパク質は乾燥重量の40%程であり、これは大西洋ダルスや近種のPalmaria mollis(現在はDevaleraea mollis)よりも多い値です。生育環境または遺伝的なものかは今後の研究で調べる必要があります。
今後の展開
- ダルスの葉緑体タンパク質は、アンジオテンシン変換酵素を阻害するペプチドが多く含まれます。これらを食べたときにどのような調理(プロテアーゼによるペプチド化)がより健康機能性に関与しているか調べる必要があります。
- in silicoおよびin vitroの研究から新たなペプチドを探します。紅藻のミトコンドリアや葉緑体ゲノムは比較的似ています。そのため、新しいペプチドは他の紅藻にも含まれている可能性が高く、紅藻の網羅的な健康機能性の理解につながります。
- 道南産のダルスは海外のダルスと比べてタンパク質が多く含まれている可能性があります。そのため育て方を研究することで新たなタンパク質の供給源となることが期待されます。