ナビゲーション
前のコース:北極海と研究の歴史←|目次|→次のコース:気候変動がプランクトンへ与える影響
次に,プランクトンという生き物について説明しよう。海のなかには多種多様な生物がいるが,そのなかで「プランクトン」は遊泳能力が低く,海流に逆らって泳ぐことができない生物と定義される。顕微鏡を使わないと見えないミクロサイズのものから,エチゼンクラゲのように数m を超える大きなものまで,さまざまな生き物が含まれる。エネルギーの獲得方法によって,光合成を行う独立栄養性の植物プランクトンと,捕食や摂餌を行う従属栄養性の動物プランクトンの2 つに分けることができる。
◇ 植物プランクトン
海洋の植物プランクトンには,珪藻類,渦鞭毛藻類,円石藻類などが存在し,光合成を行い,細胞分裂によって増殖する。陸上植物とは異なり,浮遊性の単細胞生物である。マイクロサイズからピコサイズやナノサイズと小さいため,光学顕微鏡または電子顕微鏡を使わないと観察できない。海洋において植物プランクトンは,一次生産を行い生態系を支えている,たいへん重要な生物だと言える。
海洋の植物プランクトンのなかで,最も優占する生物が珪藻類である(図1.6)。珪藻はケイ酸質の殻(シリカ)を2 つ持ち,1 細胞はちょうどシャーレにふたをしたときのような形をしている。
浮遊性の珪藻類は運動器官を持たないため,自分で動くことはできない(ただし,羽状目珪藻類の一部は這うようにして移動することが知られている)。しかし,光合成を行うためには,海中で光の届く水深に留まる必要がある。珪藻類がとった戦略は,細胞のサイズを小さくして,体積に比べて表面積が大きくなるような形態に進化することである。それによって,水の抵抗を増やし,沈降速度を遅くすることができる。殻の形態のバリエーションは非常に豊富で,見ていて飽きない。
また,細胞内に油分を蓄積して比重を軽くすることも表層に留まるために一役買っている。海表面の風などによる鉛直混合も,珪藻類が表層に留まるために重要な役割を果たす。
図1.6 海洋の植物プランクトンにおいて優占する珪藻類。上が函館湾で,下は南極海で採集したもの。黄色く光っている部分は葉緑体。さまざまな形態の種が存在する。
◇動物プランクトン
海洋の動物プランクトンには,小さな単細胞生物からクラゲのような多細胞生物までが含まれるが,ここではメソサイズ(0.2~20mm)の動物プランクトンに注目する。メソサイズの動物プランクトンには,カイアシ類,オキアミ類,端脚類,クラゲ類などがいる(図1.7)。多くの種が卵によって繁殖する。
図1.7 海洋中に出現する主な動物プランクトン。大きさはどれも数mmから数cm程度。
動物プランクトンは,摂餌や捕食により炭素化合物を摂取する必要があるが,その方法はいくつかある。植物プランクトンを主に食べる種は,植食性動物プランクトンと呼ばれ,カイアシ類や尾虫類が該当する。動物性の餌(小さなカイアシ類など)を食べる種は肉食性動物プランクトンといい,端脚類,クラゲ類および一部のオキアミ類が含まれる。この他にも,死んだ有機物を食べるデトライタス食性や,雑食性の動物プランクトンも存在する。この食性は,海の表層ほど植食性種が多く,深海になるにつれて肉食性種やデトライタス性種が多くなる。水中にどのような餌があるかで棲み分けていると考えられている。また,無殻の翼足類であるクリオネは,有殻翼足類であるミジンウキマイマイしか食べないという非常に特異な生態を持っていることで有名である。
海洋の動物プランクトンのなかで,数的にも重量的にも多いのがカイアシ類である。櫂(オール)のような器官を持っていることからこの名が付けられた。大きさが1~5mm の甲殻類(エビやカニの仲間)で,脱皮して成長する。北極海においても,動物プランクトン群集の個体数で9 割,重量で6 割を占めている(図1.8)。主な餌は植物プランクトンであり,自らは魚類,海鳥および鯨類の重要な餌となっている。つまり,海洋生態系において,植物プランクトンの一次生産を,自らが食べられることによって魚類や海鳥などの高次捕食者に受け渡す役割を持っている。
カイアシ類の生態(生活史)はとてもユニークである。外洋域に分布する植食性の大型カイアシ類は,春から秋に表層でせっせと植物プランクトンを摂餌し,体内に油を貯める。そして,その油分(油球)のエネルギーを元に冬は深海で休眠する(昆虫の冬眠のようなもの)。休眠から覚めると,表層へ移動し,産卵を行う。休眠のために水深1000m 程度まで潜る種もいて,海流に逆らって泳げないとはいえ,鉛直的にたいへんダイナミックに移動することが知られている。
図1.8 北極海陸棚域における動物プランクトン群集の組成。オレンジ色の部分のカイアシ類が個体数でも重量でも優占していることがわかる。右は,実体顕微鏡下でのカイアシ類の生きた状態の画像。体内に見える透明な液状の個所はすべて油分である。