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北極海と研究の歴史
気候変動に関連する研究は世界中のさまざまな場所を対象として行われているが,そのなかでも注目されている地域の1 つが北極海である。ここからは,北極海の概要と,そこでの研究の歴史について述べる。
◇北極海の概要と海氷域の減少
北極海は面積が約1400 万㎢ で,ユーラシア大陸,アメリカ大陸,グリーンランドなどに囲まれた半閉鎖的な海である(図1.2)。また,太平洋(実際にはベーリング海)と大西洋それぞれとつながっている。北極海のなかでも,太平洋側に位置する海域を太平洋側北極海と呼び,主にカナダ,アラスカ,シベリアに隣接している。反対に,大西洋側は大西洋側北極海と呼び,グリーンランド,ノルウェー,ロシアと隣接している。
図1.2 北極海の地図。大陸に囲まれているため,半閉鎖的な海である。幅80kmほどの狭いベーリング海峡を通って,太平洋側から北極海へ海流が流れ込んでいる。
北極海は秋季~春季に海水が結氷して海氷に覆われる季節海氷域で,海氷域は季節的に大きく変動する。一般的に,北極海の海氷面積は9 月に最小となる。この9 月の海氷域は,1980 年代には月平均7.5×10⁶㎢だったが,1990年代は6.8×10⁶㎢,2000 年代は5.7×10⁶㎢と,しだいに減少している(図1.3)。とくに2012 年9 月の海氷面積(平均3.7×10⁶㎢)は,1980 年代の9 月に比べて50% も減少しており,観測史上,最も海氷域が少なくなった年として知られている。
図1.3 北極海全体での海氷面積の季節変動。各年代の平均値を示している。9月の海氷面積がしだいに減少しているのがわかる。
海氷の衰退は太平洋側北極海においてとくに顕著であり(図1.4)(Shimada et al., 2001, 2006; Stroeve et al., 2007; Comiso et al., 2008; Markus et al., 2009),これはベーリング海から流入する海流(温暖な太平洋水)によってもたらされていると考えられている(Shimada et al., 2006; Woodgate et al., 2010)。
このような海氷域の劇的な減少が海洋生態系に影響を及ぼすことが危惧されている(Grebmeier et al., 2006; Hunt and Drinkwater, 2007)。言い換えると,海氷域の衰退が海洋生態系に及ぼす影響を評価するためには,衰退が著しい太平洋側北極海における研究が必要不可欠ということになる。
図1.4 北極海の海氷面積の年変動。白色の部分は海氷のある海域を示す。緑の楕円で囲った太平洋側北極海で,とくに大きく減少していることがわかる。
◇研究の歴史
北極海における海洋研究の歴史は古く,1893~1896 年に行われたフリチョフ・ナンセンによるフラム号漂流横断観測に端を発している(図1.5)。太平洋側北極海では,1930 年代ごろから米国や旧ソ連を中心として海洋観測が活発に実施されるようになっていた(Johnson, 1934)。その後,1983~1989 年のInner Shelf Transfer and Recycling(ISHTAR),1997~1998 年のSurface HeatBudget of the Arctic(SHEBA)プロジェクト,2002~2003 年のShelf-BasinInteractions(SBI)プロジェクトおよび2004~2014 年のRussian AmericanLong-Term Census of the Arctic(RUSALCA)など,米国を中心として大型国際研究プロジェクトが推進されてきた(McRoy, 1993; Uttal et al., 2002;Grebmeier et al., 2009)(図1.5)。
図1.5 北極海での調査の歴史。黒の破線は,「フラム号」が漂流横断をした軌跡を示す。米国やロシアを中心として実施された国際プロジェクトの調査海域を色ごとに示す。
この間,日本国内では,北海道大学水産学部附属練習船「おしょろ丸」が,1964 年以降これまで計10 回(1972,1990,1991,1992,2007,2008,2013,2017,2018 年),チャクチ海で海洋観測を行っている。また,JAMSTEC(当時,海洋科学技術センター)は,1997 年から海洋地球観測船「みらい」による太平洋側北極海での観測を開始し,現在までほぼ毎年行っている。
最近は,北極海での海氷融解の進行と関連して,北極研究はより注目されるようになり,加速度的に研究が推進されている。日本としても,国際極年(International Polar Year:IPY),北極気候変動研究事業(通称GRENE,2011~2016 年),北極域研究推進プロジェクト(通称ArCS,2015~2019 年),北極域研究加速プロジェクト(通称ArCS II,2020~2024 年)と変遷していくなかで,海洋循環や大気観測から生態系観測,そして人文・社会科学的研究と,より多くの分野の研究者が連携して,課題解決に取り組むようになってきた。