さらに,海氷生成時には,海氷内に存在する高塩分水であるブラインが,海氷から海氷下に排出される。ジュースを早く冷やしたいからと,冷凍庫に入れて,そのまま忘れてしまったという経験はないだろうか。中途半端に凍ったジュースは,濃くて甘ったるい味がしたはずだ。これは,ジュースのなかの真水の部分が先に凍ったためである。果汁や砂糖が含まれる部分は,凍りにくくて融けやすいので,凍っている最中や融けている最中は濃縮されている。そのため,濃くて甘ったるいジュースになるのである。海水も同じで,塩などの不純物を含む部分が最後に凍る。よって,海の上から凍っていくと,濃い塩水は氷の下にはじき出されて溜まるのだ。溜まった濃い塩水は重い(比重が大きい)ので,アイスコーヒーに入れたガムシロップのように沈んでいく。このように,海氷生成時には,海氷内に存在する濃縮された高塩分水(ブライン)が,海氷から海氷下に排出され,周りの水よりも重いために海底へ沈んでいく。この重い深層水の形成は地球上をめぐる海洋大循環のポンプの役割を果たし,熱や栄養などの物質循環に大きく関わる重要な過程なのである。
出来た氷を融かして舐めてみると,ほんのりしょっぱい。これは上で示したように,海氷が成長する際に氷のなかに存在した濃い塩水は海氷の下に弾き出されてしまい,氷自体に含まれる塩の量が少なくなっているためである。また,氷の上には雪が降る。雪は塩を含まない。よって,それが融けるときには,大量の淡水が海に供給されることになる。氷は成長し融けるまでの一生の間,同じ場所にとどまる場合もあるが,多くは割れて,流れ出し,元々海氷が出来たところから遠く離れた場所で融け出す。つまり大量の淡水が輸送されているのである。淡水の輸送とその後の融解は,植物プランクトンに必要な栄養物質などを薄めてしまうことがある。
局所的ではあるが,氷の存在によって氷の直下を流れる水の流れはユニークなものになる。氷がない場合,海の表面は風の影響によって波立っている(もちろん無風で波立っていない場合もあるが)。しかし,海の表面に氷が存在すると風の影響が海に伝わらないため,海が波によって混ぜられることはほとんどない。たとえば,河口付近に氷が張っていると,河川から海へ流れ込んだ河川水は,海水よりも比重が小さいため,混ざることなく,氷の下にへばりついて沖へ流される。波で混ざることもないため,栄養塩などを多く含む河川の水が広い範囲に輸送されるのである。このように,独特な海氷下の水の流れは,物質循環の観点からもユニークなものとなる。
一方,北極海の沿岸などには油田がある。氷がある時期にもし油田事故が発生し,油が大量に流れ出てしまうと,氷の下を沖へ広範囲に油が流れ,大きな被害となる。このため,氷に覆われた海の氷直下の研究は,油田のある海域で盛んに行われているのである。
ただ,氷の下の観測をするのは難しい。氷に覆われてしまうと,氷に穴を開けて,温度や塩分などを測定するための観測機器や海水を採取するための採水器を降ろす必要がある。氷に穴を開ける作業は氷の厚さが増せば増すほど大変である。よって,氷の割れ目から観測を実施する場合もある。
以上のように,海を覆う海氷が果たす役割は大きい。今後,温暖化によって氷がなくなったら,上で示した海氷の機能が失われ,地球の環境に大きな影響を与える可能性がある。その影響を把握するためにも,海氷の役割と現状をしっかり理解しなくてはならないのである。