單元大綱

    • 北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希


  • 船で引く漁網のことを「船引き網」といい、停船させた状態の船に網を引き寄せる「引き寄せ網」と、船を前進させながら長距離にわたって網を曳き続ける「引き回し網」とがあります。引き回し網のなかでもオッターボード(開口板)をつかってトロール網を展開させるものはオッタートロールと呼ばれ、その優れた採集効率から我が国をはじめアメリカ、ヨーロッパでも広く利用されている漁具・漁法です。漁業調査船における水産資源調査においても有効な試料採集方法としてオッタートロールが活用されています。ここでは、北海道大学の練習船おしょろ丸に装備されている表中層用および底曳用の2種類のオッタートロールについて解説していきます。表中層用および底曳用は海中のどの部分(表中層か海底)を曳網するかによって使い分けします。


    • オッタートロール

      1 オッタートロール

      a)底曳用: オッターボードの抵抗で網を横方向に展開させ、より広い海底面を曳きます。 b)表中層用: 曳航索に浮きや錘を付けることで縦方向にも網口を広げます。

      ※オッターボードのトロール網に対する大きさは、実際よりも大きく図示しています。


  •  オッタートロールはトロール網とオッターボード、それらを曳航するためのワイヤロープ類などで構成されます。おしょろ丸に装備されている表中層用および底曳用オッタートロールの構成を表1に示します。表中層用と底曳用では曳網索の構成要素に大きな違いはありませんが、トロール網の形状が異なるので、それにあわせて曳網索の長さが調整されています。また、着底用トロールは海底の障害物によって大きな張力がかかりやすいため、より破断しづらいワイヤロープが使用されています。表中層トロールの袖網の先には先袖ロープを接続し、そこに浮子や錘を取り付けることで上下に網口が広がるようにします。

     トロール網は、網本体である「袋網」と、網口の前で左右に展開させて網内部に遊泳生物を追い込む「袖網」とからなります。網口の上辺(ヘッドロープ)には浮子やカイト(水流を受けて浮力を生じさせる構造物)が、網口の下辺(グランドロープ)には錘となる金属製の鎖が組み込まれており、網口を上下方向に広げることで採集効率を高めています。袋網は網口から尾部に向かって網の目が細かくなり、最後尾には漁獲物をため込む箇所があります。最後尾の部分をコッドエンドと呼び、捕獲対象とする生物のサイズが小さい場合や網目を抜けてしまう可能性のある場合は、コッドエンドの内側により目の細かいモジ網の袋を入れ込みます。

     オッターボードは断面が曲線となっている金属製の頑丈な板で、曳網索を接続するための金具が取り付けられています。網を展開させる作用を強めるため左右のオッタ―ボードの間隔が開くように水の抵抗をうまく利用した形状をしています。

    • 表1 オッタートロールの構成

      おしょろ丸 オッタートロール 構成


  •  オッタートロールは多くの漁獲が期待される漁具・漁法であり、操業の手順も①投網(網を投入する)、②曳網(網を曳く)、③揚網(網を回収する)と単純ではありますが、その作業は大掛かりかつ危険を伴うものです。熟練した現場作業者とウインチ操作者、操船者とが連携することによってはじめて安全かつ効率的にトロール操業を行うことができます。操業順序を示すと共に作業風景の動画を紹介します。



    • 2 投網作業の様子(表層トロール)


    • ①投網作業

       まず、船を前進させながら船尾のスリップウェイから海中へトロール網を投入します。次に、トロールウインチを回してドラムに巻き込んであった曳網索を繰り出していきます(図3)。この時、オッターボードはまだ船尾のトップローラーに吊り下げられた状態です(図4)。

      3 投網作業1(網の投入)

       トロールウインチには遊びワイヤ、ハンドロープ、網ペンネント、先袖ロープ、トロール網がこの順番で巻き込まれています。ウインチを回してトロール網を引きだし、尾部から海中に投入します。オッターペンネント、先付ワイヤはオッターボードに予め接続されています。


      4 トップローラー

       トップローラーにはワープ用の滑車としてだけでなく、曳網鎖を固定してオッターボードを船尾に吊り下げておく役割があります。逆止弁のように働く可動式のストッパーがあり、これを開放しないと曳網鎖が繰り出されない仕組みになっています(橙色:閉鎖状態 青色:開放状態)。ストッパーを開放するには、曳網鎖をワープで引っ張り、ストッパーに負荷がかかっていない状態にする必要があります。


       遊びワイヤとハンドロープの連結部に先付けワイヤを接続し、さらにウインチを繰り出していきます。やがてオッターペンネントに張力がかかり、遊びワイヤとワープが弛みます(図5)。

      5 投網作業2(オッターボードと網の接続)

       ハンドロープ(黄線)と遊びワイヤ(緑線)の接続部(青丸)には3リンクの鎖が組み込まれており、その中央のリンクに先付ワイヤ(青線)の端を接続します。ウインチを繰り出すと網が後方に下がり、オッターペンネントに張力がかかります。ワープ(黒線)の張力が抜けるため、遊びワイヤとの接続部(赤丸)を切り離すことができるようになります。


       ワープの先端が曳網鎖に届くところまでワープを伸ばしたら、一旦ウインチを止めて遊びワイヤとの接続部を切り離します。ワープの先端は曳網鎖の端に、遊びワイヤ(曳網中は弛んだ=遊んだ状態であることからこのように呼ばれる)の端は曳網鎖の途中につなぎ替えます(図6)。

      6 投網作業3 (オッターボードとワープの接続)

       ワープの先端と曳網鎖の先端を接続します。遊びワイヤの端は枝ワイヤを介して曳網鎖の途中に繋ぎ留めておきます。

       

       ウインチを巻き込んでワープに張力をかけたら、トップローラーのストッパーを外します。ストッパーが外れたら直ちにワープを繰り出し、オッターボードを海中に投入していきます(図7)。オッターボードを海中に投入した後は、網が目的の深度に到達するまでワープを繰り出し続けます。


      7 投網作業4(オッターボードの投入)

       水中に入ると外向きの揚力が生じるため、左右のオッターボードが離れていきます。オッターボードが離れれば網口も横方向に広がります。



    • ②曳網

       トロール網が目的の深度に到達したらワープの繰り出しを止め、網を任意の時間(あるいは距離)曳き続けます。曳網中は網の深度や形状、ワープにかかる張力の変化を監視しながら適切に操船やワープ長の調整を行います。特に底曳きの場合、海底の凹凸に網が引っかかって網を破損する恐れがあるので慎重に曳網しなければなりません。


    • ③揚網作業

       ウインチにワープを巻き込んでトロール網を船に引き寄せ、投網と逆の手順でオッターボードを曳網索から切り離します。スリップウェイを通して曳網索とトロール網を甲板上に引き上げ、そのままウインチに巻き込んでいきます。網の尾部が甲板上まで上がってきたら揚網作業完了です。最後に、コッドエンドを閉めていたロープをほどいて漁獲物を取り出します。(図8)。


      8 トロール網のコッドエンド

       トロール網の最後部はロープで縫い合わせて閉じてあります。尾部を吊り上げた状態でロープをほどくと漁獲物が網からなだれ出てきます。


       


    • LASBOS YouTube ~オッタートロール(底曳き)を用いた生物採集~

      撮影 山下 俊介(北海道大学大学院水産科学研究院)

      編集 冨田 照輝(北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸)

  •  効率よく生物試料を採集するには、曳網中の網の深度や網口の開口状態などを知ることが重要です。トロール網に音響通信機能付きの水中センサを取り付ければ、操業中の網の深度や形状をリアルタイムに監視することができます(図9)。センサの計測値は音響信号に変換され、船底に設置されている水中マイク(ハイドロフォン)がこれを受信します。受信したデータは船上の制御装置で処理されてモニタに表示されます(図10)。

    漁具形状測定装置

    9 漁具形状測定装置の水中センサと測定項目

     おしょろ丸には以下の水中センサが装備されています。

    【深度・水温・傾斜複合センサ】

     ヘッドロープに取り付け、深度と姿勢、水温を計測します。

    【トロールスピードセンサ】

     ヘッドロープに取り付け、網口の縦断方向/横断方向の対水速度を計測します。

    【トロールアイセンサ】

     ヘッドロープに取り付け、網の上下の魚探映像を取得します。また、ヘッドロープから海底までの距離、ヘッドロープからグランドロープまでの距離を計測します。

    【袖網間隔センサ】

     袖網の左右にそれぞれ間隔センサとトランスポンダを取り付け、両者の距離(袖網がどのくらい開いているか)を計測します。

    【深度計付きオッターボード間隔センサ】

     左右のオッターボードにそれぞれ間隔センサとトランスポンダを取り付け、両者の距離(オッターボードがどのくらい開いているか)を計測します。また、間隔センサとトランスポンダには深度センサが組み込まれており、オッターボードの深度も併せて計測します。


    漁具形状測定装置 システム構成図

    10 漁具形状測定装置の構成

     水中センサが発した信号は船に向かって水中を伝搬していきます。受波器(ハイドロフォン)が音波信号を受けると、船上の受信装置がこれを処理して数値化します。数値化された計測データは専用のデータ表示モニタに数値や図としてリアルタイムに出力されます。




    11 ソナードーム

     音響計測機器の送受波器はソナードームと呼ばれる船底の構造物に設置されています。漁具形状計測装置のハイドロフォンは、後方からの音波信号を受信しやすいよう、ソナードームの最後部(丸印の箇所)に配置されています。

     




  •  超音波を用いて海中の魚の位置を特定する装置を魚群探知機と言います。魚群探知機を使って魚群の位置を把握しながら、その位置で網を曳くことができれば効率的に試料を採取することができます。また、トロール網をより確実かつ安全に海底面上で曳くには、調査海域の水深や海底の起伏を音響測深機で詳細に捉えることが求められます。

    12 漁場調査に利用される音響計測機器

    a) スキャニングソナー:全周囲に向けて超音波を発信し、海中からの反射波を捉えることによって面的に魚群を探知します。音波ビームの角度(俯角)を変えることで、探知範囲を調節することができます。 b) 計量魚群探知機:魚群から帰ってくる音波(エコー)の強さや個数などを計測・記録し、魚群の特性を定量的に評価できるようにしたものを計量魚群探知機といいます。計量魚群探知機の計測結果は、どの深さからどれくらいの反射の強さのエコーが返ってきたかを色分けして表示した「エコーグラム」として画像出力されます。 c) マルチナロービーム測深機:指向性の高い複数の音波ビームを扇状に発信し、広い範囲の水深を計測します。海底の起伏を三次元的に描き出すことから、海底地形探査装置とも呼ばれます。


  •  練習船 海洋学 海洋観測の手法