自分だけではなかなか解決できないと考え,ゲンゲ類の分類の専門家に知恵を借りることにした。南アフリカ共和国にある,南アフリカ水圏生物多様性研究所のエリック・アンダーソン博士(M. Eric Anderson)に共同研究を申し込み,主導的に進めてもらうことにしたのである。彼はこの申し出を快く引き受けてくれたので,標本を送って観察してもらった。ほどなくして原稿が送られてきた。まずは気になる帰属を確認した。彼は本種をマユガジ亜科のヘビゲンゲ属(Lycenchelys)に位置づけていた。そして西部太平洋産で本種以外に唯一腹鰭を持たない
Lycenchelys fedorovi,および 2 本の側線を持つ北太平洋産の 3 種の本属魚類を比較し,新種と結論していた。しかし,私が悩んでいた眼下骨孔の配列についての論議は含まれていなかった。
どうしたものかと考えたが,知恵を借りるために共同研究に誘ったのだから,ここは彼に任せることにした。この問題を解決するには本種と 3 亜科に含まれるゲンゲ類の比較解剖を行い,系統解析で系統的位置を推定するのが最善だが,まずは新種の早期公表を優先することにした。系統解析は新種公表の後に,あせらず腰を据えて取り組めばいいのである。論文投稿後,校閲者から眼下骨孔の配列に関するコメントもなく,2002 年に無事に Lycenchelys tohokuensis の学名で新種として公表された(Anderson
and Imamura, 2002)。
種小名
tohokuensis は,採集されたときの調査を実施した東北区水産研究所と,本種の産地である東北地方の 2 つに因んでいる。標準和名はキタガワヘビゲンゲとした。こちらは,ポスドク時代にたいへんお世話になった,同研究所八戸支所(当時)の北川大二博士に因んでいる(種小名はアンダーソン博士に一任したが,和名は私が提案した)。
北川博士とは酒呑み仲間でもあり,あるとき 2 人で行きつけの居酒屋で一杯やりながら,私が「お世話になったお礼に,いつか北川さんのお名前を魚につけますよ」というと,「ありがたいけど,ゲンゲやクサウオのような変な魚は嫌だなあ」と笑いながらお応えになったのだが,酔っぱらいの話が現実のものとなった。ゲンゲでは嫌だとおっしゃっていたが,北大赴任後にこの論文を公表し,本当にゲンゲにお名前をつけたことをお知らせしたところ,たいへん喜んでくださった。少しはポスドク時代のご恩返しができたかもしれない。このようなエピソードもあるため,本種は私にとって非常に思い出の深い新種となっている。
ところでキタガワヘビゲンゲの系統的位置だが,本種が新種として公表されてから長い年月が流れたものの,腰を据えすぎてしまい,残念ながらまだ論文にできていない。今後の課題となっている。