大型個体やコチ類のように体幅があると,筆でホルマリンを塗っただけでは固定が不十分になるときがある。その場合は細長くよったティッシュペーパーなどを鰭の基部に置き,そこにホルマリンを塗ってやると,ホルマリンが流れ落ちずに長時間とどまり,十分な固定効果が得られる。
写真撮影をしない場合でも,鰭を広げておくと鰭条の計数や鰭の色彩の観察が行いやすくなる。図鑑の写真は鰭が広がっており,色彩や形がわかりやすく掲載されているが,このような手間をかけて撮影されているのである。
ホルマリンで固定
遺伝子サンプル採取と写真撮影が終わったら,次はホルマリンで魚を固定する。ホルマリンは 10% に希釈したものを用いる。内臓はとくに腐敗しやすいため,ホルマリンに浸す前に腹部(右側)を切開し,ホルマリンの浸透を早めてやる。
プラスチック製の衣装ケースやコンテナなどを固定槽として利用し,そのなかにホルマリンを入れてから,泳がせるように魚を入れてやる。多くの魚を入れた後にホルマリンを入れると,魚同士が密着してホルマリンが浸透せず,うまく固定できないことがある。
体が柔らかい種類の場合は,事前にホルマリン原液を筆で塗っておくと,固定槽のなかで魚体が曲がらず,まっすぐに固定できる。標本サイズにもよるが,おおむね 1 週間から 10 日程度で固定は完了する。
アルコールに置換
ホルマリンでも標本の保存は可能だが,長期にわたると骨がもろくなり(脱灰という),レントゲン写真(脊椎骨数などを数えるため,レントゲン写真を撮影することも魚類分類学ではごく一般的である。第 4 章の図 4.2 をご覧いただきたい)に写らなくなる。また,ホルマリンは劇物(劇薬と同程度の毒性を持つ医薬品以外の物質のこと)に指定されているほど毒性の強い物質であるため,ホルマリン液浸標本をそのまま観察することができない。
そこで,魚の固定が終わったら,できるだけ早い段階で流水に一昼夜浸してホルマリン抜きを行い,アルコールに置換してやる。アルコールは 70% エチルアルコールか,50% イソプロピルアルコールを使用するが,エチルアルコールのほうが標本にとってはより好ましく,世界の多くの博物館がこちらを使用している。
収蔵施設に配架・保管
アルコールに置換したら,標本のサイズにあわせて,1 リットル,2 リットル,20 リットルなどの標本瓶に入れ,博物館などの収蔵施設に配架・保管する。
北大水産学部がある函館キャンパスには総合博物館の分館である水産科学館があり(図
3.15),約
24 万点の魚類標本が管理・保管されている(図
3.16)。標本は北海道を中心とする日本はもちろん,世界各地から採集されており,北大の教員と学生の研究や教育の他,世界中の魚類分類学者に利用されている。これらの標本を用いて,これまでに
200 種以上の新種が発表されている。