担名タイプが存在しない!?
そこで,次にするのは T. otaitensis の担名タイプの観察である。しかし,本種の担名タイプは存在しない。実は図をもとに公表されたのである。現在はこのようなことをしても適格名にはならないが,1931 年より前であるなら,図と学名を示したり,過去に別の著作物で示された図をもとに記載しても適格名となるのである。
本種は 1829 年にフランスの博物学者ジョルジュ・キュヴィエ(Georges Cuvier)によって『魚類史(Histoire Naturelle
des Poissons)』の第 4 巻に記載されたが,実はキュヴィエは新種として公表する意図はなかった。第 1 章で紹介した Platycephalus fuscus を新種として公表するなかで,「Parkinson
がタヒチで描き,Cottus
otaitensis*1 と名付けた種にはこれこれの色彩に関する特徴があり,これは
P. fuscus とは異なる」とし,T. otaitensis を P. fuscus との比較に用いたのである。
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*1 これが本種のもともとの学名。もともとの学名を規約では「原綴り(original spelling)」という。種小名は古い時代のタヒチの呼称である
Otaite(Otaheite)に因む。
博物画家パーキンソンの図
この文中に出てくる Parkinson とはシドニー・パーキンソン(Sydney Parkinson)のことで,ジェームズ・クック船長(James Cook)のエンデバー号(Endeavour)による航海(1768~1771 年)に同乗した博物画家である。彼はエンデバー号がタヒチに立ち寄った際に,未完成ながらも
Cottus otaitensis の図を描いている(図
3.6)。
キュヴィエの意図はともかく,彼が T. otaitensis の特徴を記載したことになる。一方,キュヴィエはこの学名はパーキンソンが命名したと述べている。名付け親がパーキンソンならば,彼がこの学名を公表したことになるのでは,と思う人がいるかもしれない。しかし,仮にパーキンソンが名付けたとしても*2,記載を行ったのはキュヴィエである。規約に照らすと,このような場合,命名と記載の両方を行わなければパーキンソンは命名者にはなれず,記載を行ったキュビエが本種を公表したことになるのである。また,この場合,作図に使われた標本がホロタイプとなるのだが,現存しない。おそらく作図の後に廃棄されてしまったのだろう。
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*2 パーキンソンは画家なので,名付け親はパーキンソンでも,もちろんキュヴィエでもなく,別の第三者であると私は考えている。