Topic outline
学名には基準がある―担名タイプの指定
種,属,科のどの階級群に属する分類群であっても,それらの学名を公表するときは,学名の「基準」を指定することが求められている(このルールは「タイプ化の原理」と呼ばれる)。この基準のことを担名タイプ(name-bearing type)という。新種を公表するのであれば,種の構成単位は個体なので,種の学名の基準は特定の個体(標本)となる。同様に,属の場合は特定の種が,科の場合は特定の属がそれぞれの学名の基準となる。ここではおもに,種の学名の基準について説明する。
種の担名タイプは4種類
種の担名タイプとなる標本には 4 種類ある。すなわち,ホロタイプ(holotype),シンタイプ(syntype),レクトタイプ(lectotype),ネオタイプ(neotype)である。種のタイプとなる標本(タイプ標本(type specimen)ともいう)には,これら 4 種類以外にもパラタイプ(paratype)とパラレクトタイプ(paralectotype)がある。これらは担名タイプではないため,厳密な意味では種の学名の基準とはならないが,どちらも担名タイプに準ずる重要性の高い標本である。
なお,属の担名タイプとなる種はタイプ種(type species),科の担名タイプとなる属はタイプ属(type genus)と呼ばれる。
唯一無二のホロタイプ
ホロタイプは唯一無二の 1 個体の標本で,著作物中でこれが指定されれば,種の学名の基準を 1 個体に集中させることになる。
現行の規約では,新種(と新亜種)を公表する際はホロタイプを指定するべきとの勧告がある。複数個体に基づいて新種が公表され,ホロタイプが指定されなかったときはそれぞれの標本がシンタイプとなるが,規約の勧告があるため,現在は意図的にシンタイプを指定することはまずありえず,基本的に古い時代に新種として公表された種に限られている。
現在では,新種の標本が複数個体ある場合,1 個体をホロタイプに指定し,残りの標本をパラタイプにすることが一般的である。ホロタイプとパラタイプをあわせた標本群をタイプシリーズ(type series)という*1。いいかえると,パラタイプはホロタイプ以外のタイプシリーズの標本だが(実際に規約ではこのように定義されている),パラタイプ(あるいはホロタイプ以外のタイプシリーズ)の指定に関する条や勧告はない。したがって,パラタイプの指定は任意であり,何個体を選ぶか,どの標本を選ぶかなどのすべてが著者の裁量となる。
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*1 タイプシリーズは「それに基づいてある名義種階級群タクソン(適格な種と亜種のこと)が設立されたあらゆる標本」と定義されるため,レクトタイプとパラレクトタイプをあわせた標本群,シンタイプ全個体からなる標本群もタイプシリーズである。なお,タイプシリーズは著者が新種の記載に用いた標本だけでなく,著者が当該種に含めたすべての標本である。2000年より前に公表された種なら,どの標本がタイプシリーズを構成するかを決定するためには,未公表のものを含め,あらゆる証拠を考慮に入れることができる。
複数個体から指定されるレクトタイプ
ホロタイプは 1 個体,シンタイプは複数個体なので,標本の紛失などを考慮するとシンタイプのほうがいいのでは,と思う人がいるかもしれない。しかし分類学的には,規約で望まれているように,ホロタイプのほうが圧倒的に好ましい。シンタイプには複数種が含まれている可能性があり,その場合は,どの種に当該の学名を用いるかを慎重に考えなければならなくなるからである。
このような場合は,シンタイプのなかから 1 個体の標本をレクトタイプに指定し,ホロタイプと同様に学名の基準を 1 個体に集約させることで解決する。レクトタイプに指定されなかったシンタイプは自動的にパラレクトタイプとなり,担名タイプではなくなるとともに,レクトタイプ以外のタイプシリーズという位置づけになる。
レクトタイプの選びかたにも勧告がある。「レクトタイプを指定する場合,……著者は,その学名の従来受容されている適用範囲から外れないように行動するべきであり,少なくともそれを重視すべきである」。かなりわかりにくいが,たとえば,ある種のシンタイプに実は 2 種が含まれていて,1 種は非常に広範囲から知られている普通種で,もう 1 種は分布が限定的な稀種である場合,それまでは普通種のほうがこの学名で呼ばれていたことが圧倒的に多いと考えられるので,普通種のほうに当該の学名を与えよう(そうしないと普通種の学名が変わることになる。つまり従来の学名の「適用範囲」から外れてしまう)ということである。その他にも,他の条件が同じなら,描画が公表されている(つまり,描画のもとになった)シンタイプを優先すべきとされている。
レクトタイプ指定の例
ここでシンタイプのなかからレクトタイプを指定した例を紹介したい。
動物学者のマックス・ヴェーバー(Max Weber)は,調査船「シボーガ号」のインドネシア海域で実施された Siboga Expedition という学術探検航海に関する報告書のなかで,Platycephalus grandisquamis という新種を公表した(Weber, 1913)。本種は 6 個体のシンタイプに基づいて新種として公表され,そのうち 5 個体が現存する(図 2.7)。
図2.7 Platycephalus grandisquamis Weber,1913の3個体のタイプ標本(ナチュラリス生物多様性センター収蔵標本)。本種の現存する5個体のシンタイプのうち,いちばん上の標本を本種のレクトタイプに指定した。他の標本は自動的に本種のパラレクトタイプになる。本種の学名は新参一次同名であるため,置換名としてOnigocia sibogaが与えられている。
当時このシンタイプを所蔵していたオランダのアムステルダム動物学博物館に頼んで, これらの標本を借用させてもらった(現在はライデンにあるナチュラリス生物多様性センターに移管されている)。観察したところ,1 個体は Onigocia grandisquama (Regan, 1908)(ナメラオニゴチ,図中央),2 個体は Thysanophrys celebica (Bleeker, 1854)(セレベスゴチ,図下)であった。残りの 2 個体は眼の下の隆起線(suborbital ridge,骨質で線状の隆起物のこと)が鋸歯状である,側線鱗が 30 枚程度であることなどで Onigocia(アネサゴチ属)に属するが,腹鰭に数個の小黒色斑を持つなどの特徴で,アネサゴチ属のどの有効種とも一致しなかった(図上)。
このように,P. grandisquamis Weber は 3 種に基づいて公表されたことになる。そこで私は,他のアネサゴチ属とは異なる 2 個体のうちの 1 個体(図上)を P. grandisquamis Weber のレクトタイプに選ぶことにした*2。しかし,O. grandisquama (Regan) は公表時には Platycephalus grandisquamis Regan とされていたため,P. grandisquamis Weber は前者の新参一次同名であり,無効名である(同名については次節「種は違うけれど名前は同じ―同名関係」を参照してほしい)。規約に従い,P. grandisquamis Weber に対し,置換名 Onigocia sibogae を新たに与えることとした(Imamura, 2011)。種小名はこの探検航海を実施した調査船シボーガ号に由来する。
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*2 もしこの 2 個体以外の標本を選べば,本種は O. grandisquama (Regan) か T. celebica の新参異名となり,どのアネサゴチ属の有効種とも異なる 2 個体は新種となり,分類学的変更が多くなってしまうので,それは避けるべきである。
紛失したらピンチヒッターはネオタイプ
ネオタイプは,ホロタイプやレクトタイプが紛失してしまい,担名タイプがないと分類学的混乱が解消できないときなどに指定することができる。しかし,担名タイプが紛失していても,分類学的な問題がなければ,ネオタイプを指定しても無効となる。ネオタイプは現存するパラタイプまたはパラレクトタイプから選ぶのが望ましいとされている。
もしネオタイプを指定した後で,かつてのホロタイプやレクトタイプなどの担名タイプが発見された場合は,そのネオタイプ指定は破棄され,再発見された標本が担名タイプとして復活する。
図2.8 コチ科魚類Leviprora semermisのネオタイプの写真(上:西オーストラリア博物館所蔵標本),およびL. semermis (左下)と同属のL. inops(右下)の頭部背面図。
本種は西部オーストラリアに生息する魚類で,1883年に新種として記載されて以来,ほとんど調査されないまま,同属の唯一種L. inopsのシノニムの可能性が示唆されてきた。本種のホロタイプ が紛失していることも研究の遅れにつながったと思われる。写真の標本を初めて観察した時は新種ではないかと考えたが,L. semermisの原記載と比較したところ眼前棘があることなどでよく一致し,この棘を持たないL. inopsとも異なることがわかった。ネオタイプがないと完全には分類学的問題が解決しないと判断し,この標本を本種のネオタイプに指定した(Imamura and Moore, 2020)。