コチ属(Platycephalus)は約 20 種を含む,コチ科のなかでは最大の属である。本属魚種の分類は非常に難しく,おそらく世界中で最もこのグループの分類に慣れている私でも判断に迷うことがある,その原因の一つとして,多くの種が頭部に顕著な成長変異を持っていることがあげられる。この分類学者泣かせの成長変異をPlatycephalus fuscusを例として説明する。
Platycephalus fuscusはオーストラリアの東岸に分布する種で,最大で1.2メートルにもなる大型種である。これほどの大型個体にお目にかかったことはないが,体長
750 ミリ(全長だと 874 ミリ)の個体は観察したことがある(次ページの写真,右側。カバー袖の写真で,私が持っている標本もこの個体)。一方,左側の写真は体長
186ミリの個体である。体長 186ミリの個体では眼が大きく,眼の間の幅(両眼間隔)が狭いが,体長
750ミリの個体では眼が小さく,両眼間隔が広い。とても同種とは思えないほど,顔つきがまったく違うのがわかっていただけると思う。
両者(ここでは眼径より正確に測ることができる眼窩径(眼が収まっている骨質のくぼみの最大径)を使っている)の関係をグラフにすると,次ページの図のようになる。つまり,小型のうちは両眼間隔より眼窩径が大きいが,成長するにしたがって前者の割合が大きく,そして後者の割合が小さくなり,体長
350ミリくらいになるとこれらの関係が逆転し,眼窩径より両眼間隔が大きくなるのである。
コチ属魚類にはこのような成長変異を持つ種がいるため,標本の「第一印象」だけで分類できない場合が多い。そのため,側線鱗数などの計数形質,色彩,頭部の棘の状態など,多くの形質から総合的に判断しなければならないこともある。しかし,P.fuscusのように眼窩径と両眼間隔の関係がわかってしまえば,これはこれで分類形質となりうる。たとえば,眼窩径と両眼間隔の大きさの関係が入れ替わるときの両者のサイズや体の大きさが種によって異なる場合もあるし,最大体長になっても入れ替わりが起きない種もある。個体変異もあるため,厳密な分類形質にはならない場合もあるだろうが,同定の目安には使えると考えている。