Topic outline
種を分類するには
生物を分類するためにはさまざまな特徴を用いることになる。このような分類するための生物の特徴のことを分類形質(taxonomic character)という。後述するように,属や科などの高位の分類群(タクソン(taxon,複数形は taxa)ともいう)を識別するための特徴も分類形質である。多くの場合,形態的な特徴(形態形質)が分類形質として用いられるが,これはすでにホルマリンやアルコールなどの薬品で処理され,標本となった生物を分類学的研究に用いることがほとんどだからである。行動にも種の差異や分類群による違いが見られる場合があるため,野外で観察した生物の行動が分類に活用できることもある。
また,遺伝子解析によって種を判別したり,グループを特定することも,近年では一般的であるため,遺伝情報も分類形質となりうるのである。ただし,遺伝情報を文字として書き表すのはあまり現実的ではない。たとえば,近縁な 2 種のトラギス類を遺伝子と形態形質で識別した研究がある(Ho et al., 2012)。この研究では 594 塩基対からなる遺伝子を調査しているが,2 種の 594 個分の塩基配列を書き並べて比較することを想像してみてほしい。非常に比較しにくいことがわかっていただけると思う。実際には,遺伝学的な研究では種間やグループ間の遺伝的な違いを分類形質として表すのではなく,それらの近さや遠さを遺伝的距離として樹状図で表していくのである。
種って何?
ところで,そもそも種とは何か?種が定義できないとその分類も曖昧なものになってしまうが,これは極めて難しいテーマで,語りだせばそれだけで本になりそうである。そこで,ここでは一般によく用いられるエルンスト・マイア(Ernst W. Mayer)の生物学的種概念,すなわち「種は実際にあるいは潜在的に相互交配する自然集団のグループであり,他の同様の集団から生殖的に隔離されている」を使って説明しよう。種が生殖的に他種から隔離されているなら,遺伝的にも他種から隔離されていることになる。したがって,遺伝子に支配されている形態形質も種の間で変異が不連続となるものがあってもおかしくない(たとえば,A 種では歯の数に 10~15 本の連続した個体間の変異(個体変異)があり,B 種では 17~25 本の変異がある場合,両種は不連続となる)。そのため,種の分類ではさまざまな形態形質が連続する集団を同種と判断し,一部の形質の連続性が途切れるところで別種と認識するのである。このように,形態形質は遺伝的な連続性と不連続性,つまり同種であれば生殖があり遺伝的に連続し,種が異なれば生殖がなく遺伝的に不連続となることを,間接的に表す指標と考えることができる。
棘や鱗などで分類する
魚類の分類形質は,鰭条(鰭を支える骨質のスジのこと)数や側線鱗(体側中央を走る側線を形成する鱗のこと)数などのように数えることのできる計数形質,頭長や眼径などのように距離を測ることのできる計測形質,さらに歯の形態,色彩など,実に多様である。しかし,理想的な分類形質は,個体変異が限りなく小さく安定的で,さらに誰が見ても判断を間違えることのない明瞭な形質だろう。
たとえば,コチ科のマツバゴチは頭の下面に 1 本の前向棘を持っている(図 1.1)。この棘(トゲのこと)はかなり大きく,頭の下面をなでると棘があるのがはっきりとわかる。日本産のコチ科魚類ではこの棘を持つ種は他にいないので,日本産種の分類には極めて有効である。
図1.1 マツバゴチの頭部側面(北海道大学総合博物館所蔵標本)。黄色の矢印が大きな前向棘を示す。
また,同じく日本産コチ科のアネサゴチ属の 4 種は側線鱗が 42 枚以下であるのに対し,他種は通常 50 枚以上なので,こちらも非常に有効な形質である。しかし,側線鱗を数えるには実体顕微鏡(20~30 倍程度の低倍率で,対象をそのままの状態で観察する顕微鏡。魚類の形態を観察するときはこれを用いるのが一般的である。細胞や組織などを高倍率で観察するときは光学顕微鏡が用いられる)が必要となるし,何十枚も数えなければならないので少々手間がかかる。
安定性,判断のしやすさの他に簡便性も考慮されるべき観点だが,実際には個体変異があって不安定で,判断が非常に難しいという正反対の形質もあり,分類が非常に難しい種も多く存在する。種のよりわかりやすい分類方法を見つけるのも分類学の重要な役割といえる。
成長変異に気をつけて
計測形質によって分類する場合は気をつけなければならない。数値を単純に比較できないからである。同種であっても計測値が異なったり,別種なのに計測値が似ていたりする。なぜこのようなことが起こるかというと,成長変異のせいである(図 1.2)。魚類の場合,たとえば眼や頭は若魚などの小型個体では相対的に大きく,成長するにつれて徐々に割合が小さくなっていくことが多い(図 1.3)。したがって,計測値を比較する場合は体長(通常,上顎先端から尾鰭基部までの標準体長で表す)も考慮する。数値間の単純な比較ではなく,グラフを使ってデータをプロットし,分布を調べることが求められる。
図1.2 成長変異の例。Aは同種であっても計測値が異なっており,Bは別種なのに計測値が同じになっている。
図1.3 コチ科アネサゴチ属魚類4種の頭長に見られる成長変異と各種写真。体長が大きくなるほど頭長が相対的に小さくなる傾向にある。
(ナメラオニゴチはクイーンランド博物館所蔵標本,他3種は北海道大学総合博物館所蔵標本)また,成魚では個体変異がなく安定的で,その種にしか見られない特殊形質であっても,生まれたときからあるわけではなく,必ず成長段階のどこかで形成されるはずである。たとえば Onigocia macrocephala は南シナ海からオーストラリア北部に分布するコチ科魚類で,体長約 54 ミリから眼の後部に複数の乳頭状皮弁(図 1.4)が形成されはじめ,体長約 79 ミリ以上ではすべての個体がこの皮弁を持つようになる。本種は同属のアネサゴチと非常に類似しており,比較的最近まで混同されてきたが,この皮弁の有無によって(アネサゴチ属魚類としては)大型の個体では簡便に識別できるようになったのである(Imamura, 2012)。しかし,体長約 54 ミリより小さい個体の場合,この形質では分類できず,頭長などの他の分類形質が必要となる。このように,ある形質がどの段階で発現するかを見いだし,その形質を用いて分類可能となるサイズを明らかにすることが重要になる。そのためにはさまざまな体長の標本を多数観察することが求められる。
図1.4 Onigocia macrocephalaの頭部背面図。矢印は左眼にある乳頭状皮弁を指す。
また,地理的変異が知られている種もあるので,ある分類形質が多様な分布範囲に生息する個体群すべてに有用かを調べることも重要である。そのためには,分布範囲を網羅的にカバーする標本群を観察しなければならない。
結果として,よりよい分類形質を探すためには,サイズ的にも分布的にも多くの標本の観察が必要となるが,そのような観察には時間と労力がかかるし,十分な標本が得られないことも多いのである。