Topic outline
分類群の定義と分類形質
共有派生形質は分類群を定義することができるが,分類形質には不向きな場合が多い。形態学的観点から系統類縁関係を推定するときは,骨格系や筋肉系などの内部形態を使うことが多いが,これらを観察するには解剖が必要になる。そのため,簡便な分類形質とはなりにくいのである。そのような場合は,共有派生形質でまとめられたグループに共通する外部形態を分類形質とすることになる。このことについて,私の研究(Imamura and Yoshino, 2007)を例に説明したい。
トラギス科にワニトラギスという種がいる。この種は従来はトラギス属(Parapercis)に含められており,学名は Parapercis gushikeni とされていた。しかし他のトラギス属魚類とは違う特徴を持っている。たとえば,他のトラギス属魚類では通常 4~5 本の背鰭棘条数が 6 本であったり,23~24 本あるはずの胸鰭鰭条数が 21 本以下しかない。そこで,トラギス科内でのワニトラギスの系統的位置を推定することで,本当にトラギス属に含めるのが妥当なのかを検証することにした。
ワニトラギスを含むトラギス科魚類 5 属 12 種の骨格系,筋肉系および外部形態を詳細に観察したところ,10 個の部位に系統解析に有効な変異を確認できた。解析の結果,図 1.7 に示すような系統類縁関係が得られた。すなわち,ワニトラギスは他のトラギス属とは系統的位置が異なり,トラギス属とキスジトラギス属が近縁(このような対になった関係を姉妹関係(sister relation)という)で,この 2 属からなる一群とワニトラギスが近縁であった。この系統関係から,ワニトラギスをトラギス属とは異なる独自の属に含めるのが妥当と結論した。それまでワニトラギスという種に対して属が提唱されたことがなかったため,新属 Ryukyupercis(ワニトラギス属)を設立することにした。したがって,ワニトラギスの学名は Ryukyupercis gushikeni となった。この属名の一部となっている Ryukyu とはもちろん「琉球」のことで,本種が沖縄県で最初に発見されたことに因んでいる。
図1.6 ワニトラギス(三重大学水産実験所所蔵標本,写真提供:木村清志博士)
図1.7 トラギス科の系統類縁関係。ワニトラギス属はトラギス属とは異なる一群を形成する。なお,Prolatilusは系統解析のための比較対象(外群という。外群を基準として解析対象種の形質が派生的であるかを判断する)として用いている。
系統解析に用いた骨格形質を見ると,ワニトラギス属とトラギス属はいくつかの点で異なる。たとえば,ワニトラギス属では胸鰭を支持する肩帯という骨格群のなかの,烏口骨(coracoid)の前方に伸びる突起の先端の軟骨が擬鎖骨(cleithrum)の側方の翼状突起の内側部分に付着するのに対し,トラギス属では外側部分に付着する。外群(比較対象)を含め,他のトラギス科魚類ではこの軟骨は擬鎖骨の本体部の外側に付着するため,この状態(原始形質)からワニトラギス属の状態(派生形質)へと変化し,さらにそこからトラギス属の状態(さらに進んだ派生形質)へと連続的に変化したと判断される。
図1.8 ワニトラギスの肩帯の側面図(上)と3種の腹面図(下)。Aは外群のProlatilus juglaris,Bはワニトラギス,Cはトラギス属の状態を表す。
トラギス属から見ればワニトラギス属の状態は原始的であるため,この形質でワニトラギス属を定義するのは難しいが,トラギス属は最も派生段階の進んだ形質を持つため,この形質で定義するには申し分ない。しかし,これらの特徴は簡単には観察できないため,両属の分類には背鰭棘数や胸鰭鰭条数などの外部形態を用いるほうが簡便なのである。