まず初めに,本文のタイトルにある「分類学」(taxonomy)とはどういう研究分野なのかを説明しておきたい。みなさんも日常生活のなかで自分の持ち物などを分類することがあると思う。たとえば,集めたお土産を買った地域で分けたり,種類で分けたり,大きさで分けたりと,さまざまな分けかたがある。しかし,いずれの場合も,何かの基準で共通するものとそうでないものに分けることになる。地域で分けるのなら,アジアのお土産をひとまとめにし,そうでないもののなかからヨーロッパのものをまとめて……などと,似ているものと似ていないものを仕分ける作業を繰り返すはずである。
実は分類学も基本的にはこれと同じことをやっている。生物を対象とし,共通の特徴を持つものをまとめ,違うものと区別していくわけである。種を分類する場合は,個体を調べ,同じ特徴を持つものを同種と認識し,一致しなければ他種と判断する。一般的には種(species)が分類の最小単位となるので(より低位の亜種(subspecies)を認めることもある),種を認識することが分類の第一段階といえる。種が認識できたら,次は似ている種を集めてグループをつくる。この場合も,ある特徴に基づいて特定のグループをつくり,その特徴に一致しなければ別のグループに含めることになる。分類学では,似ている種を集めたグループを属(genus,複数形は genera)という。さらに,属が集まって科(family)を形成し,科が集まって目(order)といった具合に,どんどんグループのサイズは大きくなっていく。このような種より大きなグループをまとめたり分けたりすることも分類学の研究対象となる。
このように,分類学では同種と別種,同じグループと違うグループを認識していく。このプロセスも非常に重要であるが,分類学にはもう一つ同じくらい重要な目的がある。認識した種やグループに名前をつけることである。私たち人間のひとりひとりが個別の名前を持っているように,多くの種・グループにもそれぞれの名前がある。名前がなければ新しい名前をつけてやる。分類学では種・グループの名前として基本的に学名(scientific name)を使う。学名は生物学にとって世界共通の言語である。そのため,私たちはそれらに対して共通の認識を持つことができるのである。仮に学名が使えず,たとえば A さんが「ネコ」と思っている動物が B さんにとっては「コーシュカ(кошка,ロシア語でネコの意味)」で,互いに相手が使う名前を知らなければ,2 人の間でこの動物についての意思疎通はできないだろう。このように分類学とは,種・グループを正しく類別し,これらに対する共通認識を持つために名前(学名)をつけていく学問,ということができるだろう。
名前をつけることを命名という。この命名については第
2 章で解説することとし,本章では分類学のもうひとつの要素である,種・グループを類別していく方法について,おもに解説する。本章の最後に分類学の意義についても述べるが,これについては,とくに種に名前をつけることの科学的な重要性を取り上げていく。