硫酸イオンが還元されて硫化水素イオンが生成される条件
海水中には、塩成分として硫酸イオン(SO42-)が豊富に含まれています。酸素が豊富にある酸化的な環境下では、硫黄化合物の中でも、SO42-が最も安定だから、海水中の硫黄のほとんどがSO42-として存在するのです。いっぽう、還元的な海底下では、数種類の硫黄化合物が存在する環境が生まれている。
SO42-の硫黄(S)の酸化数は+6価であり、このSに電子(e-)8個と水素イオン(H+)を1個付けてOを除いてやれば、Sの酸化数が-2価の硫化水素イオン(HS-)になります。逆に、水中にHS-が存在したとき、Sから8個の電子を奪って、逆のことをすればSO42-になります。ある条件を境に、SのほとんどがSO42-として存在するか、HS-として存在するかが決まるのです。その境界においては、SO42-とHS-が同じ比率で存在します。その境界条件(酸化還元電位)を求めてみましょう。
まず、SO42- と HS- が電子をやり取りする半反応を以下に記します。
半反応(④’) SO42- + 9H+ + 8e- = HS- + 4H2O
先のコースでも説明しましたが、半反応一つでは酸化還元反応は進みません。硫酸呼吸の反応であれば有機物酸化の半反応(有機物中の炭素が電子を放出、二酸化炭素の炭素が電子をもらう)と合わさって、酸化還元反応になります。ただし、どちら方向に反応が進むのかは、条件次第です。
つまり、HS-とSO42-が混在する状態で、別の半反応から上の半反応(④’)に電子が渡されるならHS-が生成される方向に反応が進むし、別の半反応が半反応(④’)から電子を奪うならSO42-が生成される方向に反応が進みます。
では、計算してゆきます。
半反応(④’)の各物質の標準生成ギブズエネルギーを下に記して、生成形と原形の合計差⊿Gf0を求める。
原形 生成形
半反応(S) SO42- + 9H+ + 8e- = HS- + 4H2O
Gf0 (kJ/mol) -744.5 0 12.08 -237.2
原形と生成形にある物質の標準生成ギブズエネルギーの合計差:⊿Gf0
⊿Gf0 (J) = 12.08×103 + 4(-237.2×103) - (-744.5 ×103) = -192220
原形と生成形のエネルギー(電子も含めて)が等しい条件から、標準電極電位E0 を求める。
E0 = -⊿Gf0 /(n・F) = -(-192220) / (8・96485) = 0.249 (V)(≒0.25)
ネルンストの式に当てはめると、
E = 0.25 - 0.003208・Ln {([HS-][H2O]4) / ([SO42-][H+]9)}
物理化学の決まり事でとして、[H2O]=1とします。
E = 0.25 + 0.003208・Ln([SO42-] / [HS-]) + 0.003208・9・Ln [H+]
= 0.25 + 0.003208・Ln([SO42-] / [HS-]) + 0.003208・9・Log[H+] / Log(e)
= 0.25 + 0.003208・Ln([SO42-] / [HS-]) - 0.06648×pH
水素イオン濃度をpHで書き直しました( pH = -Log10[H+] )
SO42-とHS-が同じ比率で存在する境界条件([SO42-] / [HS-]=1 )をつけると、
E = 0.25 - 0.06648×pH (式1)
となります。
例えば、海水pH = 8を代入すれば、[SO42-]と [HS-]の存在比の大小を分ける境界はE = -0.28 (V)となります。
[SO42-] >> [HS-]の存在比率になるのは、環境水の酸化還元電位がE >-0.28(V)、
[SO42-] << [HS-]の存在比率になるのは、環境水の酸化還元電位がE <-0.28 (V)
ここで注意したいのは、これは熱力学定数から求めた境界条件であり、実際の堆積物中ではE<-0.1 (V)で硫酸還元(HS-の発生)が起こることが確認されています。生物の作用(生物体内の局所的な還元環境や酵素の作用)により、熱力学計算上の境界条件よりも酸化的な環境で硫酸還元が起こっている。また、硫酸還元の速度も、微生物の作用により格段に速くなっていると考えられています。