現在でも陸奥湾のマダラの初期生活史研究は継続している。ただし,新型コロナウイルスの感染拡大で2020 年と2021 年の調査は実施できなかった。狭い船内環境で感染クラスターを発生させるわけにはいかないのが理由だ。したがって,ここでは2019 年までのデータを使って,マダラの資源量変動の特徴を説明する。
マダラの生息上限水温は12°Cで,成魚は12 月に湾内がこの水温を下回ると産卵回遊してくる。だから回遊親魚量の指標として,12~3 月に産卵場を漁場とする青森県脇野沢地区のマダラ漁獲量を用いる。4 月のマダラ浮遊稚魚期の密度と,この漁獲量の関係は,1990~1997 年の8 年間のうち7 年で比例関係にあり(図6.8 上側),4 月までの仔稚魚の量は,親が多ければ多いほど増えている。なお,1995 年4 月には,親魚量が少なかったにもかかわらず非常に多くの仔稚魚が生残していたが,その原因は不明だ。ただし,生残率が良い方向に外れたこういった年は,人間にとっては悪いことではないので,大歓迎だ。
一方,5 月下旬から6 月にかけて湾内の海底に着底した稚魚の密度は,1992年のデータはうしお丸代船建造のためないが,親魚量と比例しない(図6.8 下側)。1990 年4 月には浮遊仔稚魚が高密度に生息していたのに,着底した稚魚は一転して低密度になっており,着底の前後で死亡率が高かったことがわかる。1991 年は着底稚魚が多く生き残ったが,この年は環境中のかいあし類の密度が高かった。1997 年は2 番目に高密度で,かいあし類よりも大型な浮遊性の巻き貝やエビ・カニ類のゾエア幼生,カニ・アナジャコ・ヤドカリのメガロパ幼生,仔稚魚などの大型の餌を捕食し(図6.3),成長が速い年だった(図6.4)。つまり着底の前後では,1991 年のように小型だが大量の餌であるかいあし類や,1997 年のように大型で質の高い餌と遭遇しやすい(おそらく大型の餌が環境中に多かった)ことが,生残率を高くするのだ。
図6.8 青森県脇野沢地区マダラ成魚の漁獲量と,陸奥湾のマダラ仔稚魚の分布密度の関係(1990~1997年)。髙津(1998a, 1998b) ,Takatsu et al. (2001)を基に作成。