マダラの卵は直径約1mm で,海水より重く,弱粘性の粘液で海底の砂などに付着する。卵から孵化したばかりの仔魚は,陸奥湾では湾口部でしか採集できないため,産卵場は水深60m からやや深い砂礫底のようだ(図6.1)。底質が柔らかい泥だと,埋もれて酸素不足になりやすいし,卵膜にバクテリアが付着することもあるから,硬い泥や砂礫底で,ある程度の流れがある場所のほうが産卵に適している。1940 年代には湾内の浅虫沖にも産卵する年があったが(川村・小久保,1950),現在は見られない。
福田ほか(1985)や三浦ほか(2019)の標識放流調査の結果を参照すると,産卵後のマダラは,おおよそ10 尾のうち7 尾は北海道沖の太平洋に,3 尾は北海道沖の日本海に回遊している。一部は太平洋では道東沖まで,日本海では積丹沖まで回遊している。だから,日本海北部の利尻・礼文周辺から石狩湾に生息するマダラや,オホーツク海のマダラとは,別の系群のようだ。また,三浦ほか(2019)は,陸奥湾に翌年以降に回遊する個体が9 割を超えることから,回帰性が強いと推定している。驚くべきは再捕率が12% と高いことだ。陸奥湾での放流直後の再捕が多いとはいえ,高い再捕率は漁獲圧が高いためかもしれない。また,この標識放流は産卵後の成魚の回遊経路で行われたものなので,稚魚や未成魚の湾外への回遊経路は不明だ。
そもそも漁獲量が減る原因は,漁業者や遊漁者が獲りすぎることを除けば,卵・仔魚・稚魚期の生残率が,水温や餌生物の量,他の魚に食われて死ぬ数などによって年ごとに大きく変動し,資源が減少するためだ。しかし,マダラの生残過程は海外を含めてあまり研究されていなかった。そのため筆者は,陸奥湾のマダラ仔稚魚の生残戦略の研究を1989 年に開始した。具体的には,陸奥湾で孵化したマダラの仔魚や稚魚が,どこに生息し,何を食べて,どれくらいまで成長するのか調査した。