一方で,宿として,巻貝の殻以外の物体や他の生き物を利用するヤドカリもいる。たとえば,カイガラカツギ属 Porcellanopagurus の個体は二枚貝の殻を背負い(図1.4a),ツノガイヤドカリ類は巻かない貝であるツノガイの殻や木片などに入る(図1.4b)。また,カンザシヤドカリ類はサンゴに空いたゴカイの古巣(棲管)を住みかとする(図1.4cd)。面白いのは,キンカライソギンチャク属 Stylobates のイソギンチャクと共生している深海のヤドカリたちである。貝殻に住み,その表面にベニヒモイソギンチャク Calliactis polypus をつけて生活するソメンヤドカリ Dardanus pedunculatus などとは違い,彼らは最初こそ巻貝に入っているが,イソギンチャクが貝の表面についた後は,イソギンチャクが元の巻貝を伸長させるように作り出した巻貝状の構造物を住みかとする(吉川 2019:図1.4e-f)。この構造物はヤドカリに合わせて成長するので,彼らはもはや空き家を探して引っ越す必要がない。
図1.4 「宿借り」の仲間➁。貝殻以外に住む。(a) チビカイガラカツギ Porcellanopagurus truncatifrons (Anker and Paulay 2013)。(b) ツノガイヤドカリ科の一種 Bathycheles incisus (McLaughlin et al. 2010: 抱卵メス)。(c, d) イシサンゴ上にイバラカンザシが作った空間に住むカンザシヤドカリ Paguritta vittata (Komai and Nishi 1996)。(e-f) キンカライソギンチャク属と共生するジンゴロウヤドカリ Pagurodofleinia doederleini (Yoshikawa et al.2019)。f・gの黒い部分がイソギンチャクによって形成された構造物 (擬貝) である。