ウナギの人工種苗生産
教育プログラム企画推進室・バランスドオーシャン運用部・安が共同でコース作成しました
海洋応用生命科学部門・増殖生物学分野・井尻研究室の紹介です
ニホンウナギが絶滅危惧種に指定されています。これはシラスウナギを漁獲しすぎたことと、河川環境の悪化が原因と考えられます。人工種苗生産ができるようになれば、この危機を回避できることが期待されます。海や河川の生物多様性を維持することで、SDGsに貢献したいと思います。
国連では2021年からの10年間を、「海洋科学の10年」に定めて、SDGsに貢献することを目指しています。国連が定める海洋科学には、水産漁業の分野も含まれます。
現在、市場に回っている「養殖ウナギ」はシラスウナギの時に捕獲されて養鰻場で大きく育てられたものです。
つまり、元をたどれば天然の資源になります。
このウナギの資源量は 1990年代から激減し、今は絶滅危惧種になっています。
ウナギの保全のためには、天然の資源に依存しない養殖が必要です。
養鰻場で産まれたウナギが大きくなり、卵を産んで、卵から孵化したウナギがまた大きくなって卵を産むシステムです。
これを完全養殖といい、養殖現場で産まれ育てられた魚を人工種苗といいます。
これから人工種苗はどのように得られるのか説明しましょう。
ウナギ種苗量産研究センターのホームページに移動
人間とは違い、ウナギは生まれたときはまだ性別が決まっていません。
ウナギの性別が決まるのは黄ウナギ(全長約 25~35 cm)まで成長してからです。
不思議なことに、シラスウナギの時に捕獲されて養鰻場で育てられたウナギはほとんどがオスになります。
しかし、ウナギの種苗生産のためにはメスが不可欠。
ウナギがメスになるよう、シラスウナギの餌にエストラジオール17ベータ (estradiol - 17β) を混ぜます。
(エストラジオールは女性ホルモンであるエストロゲンの一種です)
このように人為的にメスにすることを「雌化」といいます。
一定の大きさに(体重・体長)なったウナギは繁殖に用いるために性成熟させます。
ホルモン投与により性成熟を誘導することを人為催熟といいます。
メスにはサケ脳下垂体抽出液 (salmon pituitary extract: SPE)、オスにはヒト絨毛性ゴナドトロピン (human chorionic gonadotropin: hCG)を週1回注射して性成熟を促進させます。
人為催熟により成熟したウナギが、卵を産むためには卵成熟誘起ホルモン (17, 20β- Dihydroxy- 4- pregen- 3- one: DHP) を投与する必要があります。
しかし、すべての個体に投与するわけではありません。
DHPを打つ前に卵の状態をまず確認します。
ウナギの総排泄腔から卵母細胞(卵濾胞)を取り出し、その直径が750μm以上の個体のみ腹部にDHPを注射します。
この際にDHPの量は 2μg / g (body weight)なので、注射の前に体重を測定します。
ウナギの腹部にDHPを注射
DHPを投与したウナギは約18時間後に卵成熟と排卵が完了し、卵を産む状態になります。
メスからとれた卵に精子をかけ、海水に入れることで受精させます。
ウナギから未受精卵を採集
経験的に良い状態の受精卵は浮上することが知られています。
沈んでいる卵はその後の観察には用いられません。
全ての卵のうち、浮いている卵を数えることで浮上率の計算ができます。
浮上率 (%) = 浮上した卵の数 / 人工授精を行った卵の数 x 100
受精した卵はおよそ1時間半後に2細胞期に入り、顕微鏡で観察すると割球がみえます。
どんどん卵割が進むと桑の実ような塊ができ、これを桑実期といいます。
受精後、約1日で卵黄と油球を抱えるように胚胎が形成され、さらに15~20時間後に仔魚が卵から孵化します。
人工授精を行った卵を顕微鏡で観察し、時間がたっても卵膜の形成や卵割が見られないものを除くことで受精率を計算します。
受精率 (%) = 正常に受精した卵の数 / 人工授精を行った卵の数 x 100
卵の発生速度や孵化までの時間は水温によって変わり、水温が高いほど早くなります。
上に書いた時間は水温22℃での場合です。
ウナギの卵の孵化に最適な水温は、産卵場の水温と同様25℃ですが、養殖施設ではバクテリアの活性を抑えるために22℃で卵を収容し孵化させることもあります。
受精に成功した卵がすべて孵化するわけではありません。
同じ条件で収容した受精卵のうち、孵化した仔魚の数を数えることで孵化率を算出します。
孵化率 (%) = 孵化した仔魚の数 / 受精卵の数 x 100
卵は非常にもろいので、収容する際のショックで簡単にダメージをうけ、死ぬこともあります。
孵化率の算出に使う受精卵は、生きている受精卵の数を分母にします。
受精率と孵化率、そして孵化した仔魚の生残率は、卵質が良かったのか悪かったのかを判断する基準になります。