ヤドカリの交尾前ガードペアは,その見た目とにおいの両側面から他のオスを呼び寄せ,オス間闘争を誘発することがわかっている。Okamura and Goshima(2010)は,ホンヤドカリの単独オスがペアの「見た目」に引き寄せられるかを検証するため,オスの小鋏脚に接着剤で空の貝殻をくっつけた偽ガードペアを作成した。遠目にはオスが交尾前ガードしているように見えるが,当然貝殻のなかにメスはいない。しかし,単独オスは偽ガードペアにオス間闘争を挑んだのである。さらに,偽ガードペアの空の貝殻に他のオスにガードされていたメスの飼育水をしみこませた綿を忍ばせると,単独オスはますます偽ガードペアを攻撃した。このことから「におい」の重要性も明らかになった。
ここで,メスの立場からオス間闘争を掘り下げてみよう。ガードオスにとっては間違いなく迷惑なイベントも,ガードされているメスの視点に立つと新たな物語が見えてくる。上述のとおり,偽ガードペアの貝殻からメスのにおいがすると,単独オスがオス間闘争を挑む確率は高まった。しかし,ちょっと考えてほしい。パートナーがいない単独のメスなら卵が受精能力を失う前にオスを呼ぶ必要もあるが,すでにガードされているメスなら,現在準備している卵の受精は確実といっていい。にもかかわらず,単独オスを引き付けるにおいが出続けているのはなぜか。これは,オス間闘争を誘発することで,結果としてよりよいオスとの交尾機会を得る,間接的配偶者選択 indirect mate choice だと考えられている(Okamura and Goshima 2010)。ペアのメスがにおいを出し続けていると,単独オスとガードオスによるオス間闘争が起こりやすくなる。メスはガードオスに加勢しない。つまり,「かばん」以外の何物でもないので,オス間闘争の勝敗は純粋に「どちらのオスが強いか」を反映したものとなる。メスとしては,いまのパートナーが守り切るもよし,新たなオスに奪われるもよし。とにかく自身の産卵準備ができたところで貝殻から顔を出せば,そのタイミングで自分をガードしていたオスがガード期間中の最強の王子様,というわけである。この一連の流れは,イボトゲガニのようにメス自らが主体的に(直接的に)オスを選択したわけではないが,結果的にオスを選択しているのと同じ状況なので,「間接的」配偶者選択と呼ばれている。
さらに,オスもメスにやられっぱなしではない。Kawaminami and Goshima(2015)は,交尾前ガードをしているホンヤドカリのオスが海藻によじ登る現象を報告し,ペアのメスのにおいが他のオスに届いて(ガードオスにとって)余計なオス間闘争を誘発しないよう,メスに対抗しているのだと考察している。このようなオスとメスの利害の対立を性的対立 sexual conflict と呼ぶ。ヤドカリはオス間闘争を中心として,オス同士どころか,オスとメスも仲違いをしているのである。