トピックアウトライン

  • 海面養殖の課題;クロマグロ生簀網に対する赤潮の流入シミュレーション

    クロマグロThunnus orientalisは,商業価値が高い魚種です。現在,クロマグロの天然資源量は減少傾向にあり,これに伴って,クロマグロの養殖に関する研究や取り組みが盛んに行なわれています。

    クロマグロ養殖の課題の1つとして,赤潮による被害があります。赤潮とは主に植物プランクトンが異常増殖することにより,海面が変色する自然現象で,鰓の損傷等による酸欠で養殖魚が斃死する事例が多く報告されています特に,クロマグロは他の養殖対象魚に比べ,赤潮に対して非常に脆弱なことが知られています

    当研究室では,「どのような生簀網を設計できれば,赤潮の流入を防除できるか?」を明らかにするために,流体シミュレーション(CFD解析)を生簀網に適用して,様々な形状の生簀網に対して流場をシミュレーションする研究に取り組んでいます。


  • 対象とした生簀網と流体解析結果

    ここでは、模型スケール(1/40)のクロマグロ養殖用生簀網を解析対象としました(図1)。

    標準の生簀網(図1、左図)に加えて、表層から流入する赤潮を抑制するために長さLtの防水タープを装着した生簀網を対象にCFD解析※を行いました。

    ※CFD解析:Computational Fluid Dynamics(数値流体力学解析)。PC上で流体に関する運動方程式を解くことで、対象物周りの流れをシミュレーションする手法。


    図1 解析対象とした生簀網の3次元モデル(実際のサイズは直径40m、上図は1/40スケール)


    CFD解析の結果を図2に示しています。

    同図は流速の分布を可視化しており、赤い部分ほど流速が速く、青い部分程流速が遅いことを示しています。

    タープを巻いていない生簀網(左上)の場合、生簀網内の流速はほぼ一様であることが見て取れます。

    一方で、他の生簀網については、タープを巻いた部分で流れが淀んでいる(流速が小さくなっている)ことが分かります。

    この流れの淀みは、タープの長さ(Lt)が大きいほど、大きくなることも見て取れます。

    これは、流れがタープによってせき止められて、流速が減少したためと考えられます。


    図2 生簀網を対象としたCFD解析による流速分布。赤いほど流速は大きく、青に近づくほど流速は小さいことを表す。

  • 上記の生簀網に対する赤潮の流入シミュレーション

    上記のCFD解析結果を基に、「赤潮を構成するプランクトンはどのように流れに流されるか?」をシミュレーションしました。

    ここでは、赤潮を構成するプランクトンにかかる力から、運動方程式を解くことで、プランクトンの動きをシミュレーションしました。

    それぞれの生簀網に対して、赤潮がどのように流入するかをシミュレーションした結果が図3です。

    まず、タープを巻いていない通常の生簀網(図3上図)では、赤潮はほとんどそのまま流入しています。

    それに対して、タープの長さが長くなればなるほど、赤潮の流入度合いは小さくなっていくのが分かります。

    特にタープの長さが0.3mの時、赤潮は生簀網内にほとんど流入しませんでした。



    図3 各生簀網に対する赤潮の流入シミュレーション

  • まとめ

    本研究で、タープを0.3m設置することで、生簀網に対する赤潮の流入を抑制できることが示唆されました。

    ただし、図2の通り、生簀網内の流速が小さくなってしまうことも同時に分かりました。

    流速が遅くなると、淀みが発生するため、酸素濃度の低下や排泄物等の蓄積が懸念されます。

    以上のことから、生簀網にタープを巻くことによって、赤潮の流入を抑制できるが、流速が遅くなるというデメリットも懸念されます。

    実際の設置の際には飼育魚種の遊泳行動や設置海域の赤潮プランクトンの鉛直分布特性を考慮した設計が必要になります。

    こうしたときに、実際に生簀網を設計して試すのでは、大きなコストがかかってしまいます。

    本研究で行ったシミュレーション手法では、上記のメリット・デメリットを視覚的に、定量的に評価できることから、低コストで現実に即した生簀網の設計に寄与できると考えます。

  • 参考文献

    CFD解析を用いたクロマグロ生簀網に対する赤潮流入シミュレーション 

    髙橋 元徳, 高橋 勇樹, 井口 大輝, 梶川 和武

    水産工学 59(1) 9-17 2022年7月

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     海洋資源科学科