Topic outline
北太平洋亜寒帯域の特徴
北太平洋亜寒帯域は、北太平洋亜寒帯循環という反時計回りの循環がある海域です(図1)。本海域は、硝酸塩やリン酸塩といった主要栄養塩は豊富に存在する一方、鉄の濃度が小さいことで植物プランクトンによる生物生産が制限されていることが知られています。沿岸域では河口からの流入などによって鉄が供給され得ますが、外洋域においては鉄が不足しており、鉄の供給に海洋中規模渦*1が大きく寄与していると考えられています。北太平洋亜寒帯の内、東部のアラスカ循環では、沿岸域で形成した海洋中規模渦が鉄や植物プランクトンを沿岸域から外洋域に輸送することが知られています(Crawford 2002; Mackas and Galbraith 2002; Johnson et al. 2005)。一方、北太平洋亜寒帯の西部においては、海洋中規模渦が物質循環および生物生産に与える影響については未解明な部分が多く残されています。
本コースでは、北太平洋亜寒帯西部の外洋域において海洋中規模渦が生物生産に与える影響について調べた研究を紹介します。
*1 海洋中規模渦については、別コース:「海洋中規模渦:海の高気圧・低気圧」にて詳しく説明図1. 北太平洋亜寒帯域における海水の循環
観測された渦の構造と生物生産への影響
本研究では、2016年6月から7月にかけて本学水産学部附属練習船「おしょろ丸」を使って観測されたデータを主に使用しました。この船舶観測により、亜寒帯西部の外洋域において二つの渦(渦Aと渦B)を捉えることができました(図2)。
渦A内部、渦B内部は共に等温線が下に凸の構造をもっており、高気圧性渦特有の構造となっていました(図2b)。一方、渦内外のクロロフィル濃度を調べた結果、渦内部と渦外部に大きな違いは見られませんでした。このことから、観測された海洋中規模渦がクロロフィル濃度に与えていた影響は小さかったと言えます。
そこで渦内外の表層における栄養物質の分布を調べたところ、硝酸塩などの主栄養塩の濃度は高い一方で、溶存鉄の濃度は低く、渦内外ともに鉄の濃度が小さいことによって生物生産が制限されていたことが示唆されました(図3)。
図2. (a) CTD観測点 (鉄観測なし:○)、CTD観測点 (鉄観測あり:☆)、 UCTD観測点(●) カラーは2016年7月1日の海面高度。Eddy AとEddy Bは、本観測で観測された渦。 (b) UCTDで観測された水温(単位: °C)。Area 1は北太平洋亜寒帯域に見られる外洋水、Area 2は渦B縁辺部、 Area 3は渦B中心、Area 4は海面高度が高いが渦ではないエリア、 Area 5は渦A縁辺部を示す。 (c)UCTDで観測された塩分(単位: psu) (d)UCTDで観測されたクロロフィル濃度 (単位: mg m−3)。 (d) 採水により観測されたクロロフィル濃度 (単位: mg m−3)。 (b)、(c)、(d)の白線は 混合層深度*2を示す。
図3. (a) 硝酸塩+亜硝酸塩濃度 (単位: μM)および 溶存鉄濃度 (単位: nM) 。Area 1から5は 図2bにおける Areas 1から5 と同じ。
*2 混合層の深度が論文の図と異なります。論文内では混合層深度を現場密度が表層の現場密度+0.03 kg m−3となる深度と定義していましたが、本図はポテンシャル密度が表層のポテンシャル密度+0.03 kg m−3でとなる深度と定義しています。
観測された渦による鉄の輸送
観測された渦の内部は、溶存鉄濃度が低く、生物生産への影響は小さかったことが分かりました。これは、亜寒帯東部の観測結果とは異なります。そこで、今回観測された渦による水平・鉛直方向の鉄輸送を調べました。衛星データを解析すると、渦Aは亜寒帯東部にあるアラスカ半島の南部で形成し、沿岸に沿って伝播した後、沿岸を離れてから2年かけて観測域まで外洋域を伝播してきていたことが分かりました。そのため、沿岸域を離れてからの2年の間に渦内部の鉄が消費されたと考えられました。渦Bは、観測時期の前年の冬季に外洋域で形成していたことが分かりました。そのため、沿岸域からの鉄の輸送が無かったと考えられました。
次に、観測された海洋中規模渦内の鉛直輸送について、乱流観測の結果を解析しました。渦内外で拡散による鉄の鉛直輸送は弱く(図4)、中層に分布していた高濃度の鉄(図3)を拡散によって表層へ輸送していた量は小さかったことが分かりました。
図4. 10m間隔で平均した鉛直拡散係数(カラー)、および現場密度(コンター線、0.2 kg m−3間隔)。 黒い太線は混合層深度*2。
まとめ
本研究で分かったことをまとめます。
亜寒帯東部の観測結果とは異なり、亜寒帯西部で観測された渦A、渦Bは共に渦内クロロフィル濃度が渦外と変わらず、鉄濃度が低くなっていました。この理由として、鉄が豊富とされる沿岸域や中層からの水平・鉛直方向の鉄供給が渦内部で強くなかったことが考えられました。
参考文献
本コースの内容は以下に基づいています。詳しい内容は以下の論文をご覧下さい。
Dobashi, R., Ueno, H., Okada, Y. et al. Observations of anticyclonic eddies in the western subarctic North Pacific. J Oceanogr 77, 229–242 (2021). https://doi.org/10.1007/s10872-020-00586-y