Topic outline
遡河性サケ属魚類の二次性徴
海と川を往来する魚の中で,産卵のために川を遡る魚を遡河性回遊魚と呼びます。その代表格であるサケ属魚類 (Genus Oncorhynchus : 以下、サケ類)は、一部の種を除いた多くの種が河川での産卵後に死んでしまうという生活史をもった一回産卵魚です。サケ類は、海洋での索餌回遊中は雌雄ともに同じような見た目をしていますが、河川に回帰して成熟すると雌雄でまったく異なった外部形態を示します。これは、二次性徴と呼ばれ、その多くは、雄同士の争いや、雌へのアピール等に利用されると考えられています。また、二次性徴の発達には硬骨魚類の主要な雄性ホルモン(アンドロゲン)の一つである11-ケトテストステロン (11-KT) が関与することが、先行研究によって報告されています。
サケ属魚類の背隆起
カラフトマス背隆起の構造(下図)および成熟に伴う変化(左図)
サケ類のカラフトマスやベニザケの雄では、性成熟に伴い背隆起が顕著に発達します。過去の研究では、肉眼的な観察から繊維性軟骨といわれる「軟骨」の組織塊が詰まっているということが公表されており、国内外のサケの専門家の間でも「軟骨説」が支持されてきましたが、私たちの研究グループでは、カラフトマスの背隆起を顕微解剖学的な視点から解析しました。その結果、背隆起の中心にある骨は「不完全神経間棘」という硬骨であり、成熟に伴って長く、太く、そして体の軸に対する角度も大きくなることが判明しました。加えて、過去に骨の周りに存在すると報告されていた軟骨組織は観察されず、実際は「疎性結合組織」であることが分かりました。この組織の主成分は皮膚に含有するコラーゲンと同じタイプであるⅠ型コラーゲンおよび水分が多くを占めていることも分かっています。さらに、雄の成熟個体では未成熟個体や雌個体よりも血液中の11-KT濃度が高く、背隆起の形成における雄性ホルモンの関与が示唆されました。
サケ属魚類の鼻曲がり
カラフトマス鼻曲がり発達の機序(左図)および成熟に伴う変化(下図)
サケ類の雄では、性成熟に伴い吻部が鉤状に伸長し、いわゆる鼻曲がりが形成されます。私たちの研究グループでは、鼻曲がり形成における発達メカニズムの解明および雄性ホルモンが関与するかどうかを解析しました。結果、上顎では軟骨細胞,軟骨基質が増大しており、下顎では歯骨先端に付加する海綿状骨組織が発達・伸長していることがわかりました。さらに、PCR法による遺伝子解析や、免疫染色法による組織学的解析から、両顎ともに雄性ホルモン受容体が局在しており雄性ホルモンの関与が示唆されました。血液分析においても、成熟に伴い血中11-KT濃度が上昇し、成熟雌と比べて成熟雄でより高い11-KT濃度を示したことから、雄性ホルモンを介して、鼻曲がり構造が発達することが示唆されました。
サケ属魚類の腋突起
サケ類の腹鰭付近には、「腋突起」とよばれる、葉状の構造が存在します。以前より存在は知られていましたが、腋突起がどのような機能を持っているのかについては未だに不明のままです。先行研究では、降海に伴うスモルト化(海水適応)の際に腋突起が伸長することや、成熟個体において雌よりも雄の方が僅かながら幅が太いということが報告されており、海洋での遊泳への関与や二次性徴である可能性があります。そこで、私たちの研究グループでは、回流水槽と呼ばれる装置を用いて、腋突起を切除することによる遊泳への影響の解析を行うと同時に、組織染色や遺伝子解析による雄性ホルモン受容体の検出から遊泳および二次性徴への関与を調べています。
以上のように,さまざまな二次性徴の「かたち」を詳しく調べることを切り口にして色々なことがわかってきました。それぞれの構造がもつ生物学的意義がよりいっそう明らかにされることが期待されます。
参考文献
出版社(北海道大学出版会)のホームページに移動します。