しかし,調査可能な潮汐のタイミング(潮が良い,という)に海へ降りても,ペアはすぐには見つからない。私のサンプリングセンスは壊滅的で,オス間闘争実験の補足データである大鋏脚の欠損率や,ハサミのサイズの性差を調べるための単独個体(図3.3a)を集めるのに精いっぱいで,肝心の交尾前ガードペア(図3.3b)はまったく見つからず,W 先生の「ほら,そこだよ」に「見えません」としか返せない。散々なサンプリングを終えて大学に戻ると,“サンプリングマシーン” の異名を取る先生が 100 ペア近く採集していた一方,私は最高でも 20 ペアを見つけるのがやっとで,一桁の日もざらであった。困った。1回の闘争実験にはオス2個体とメス1個体が必要である。つまり,実験例数は採集したペア数の半分になるので,たとえば 15 ペアでは7回しか実験できない(目標の実験例数は 100)。採集成績が悪すぎる私に,W 先生の実験の残部がいくつも回ってくる。私の実験個体のおよそ8割は先生からのものであろう。

図3.3 ヨモギホンヤドカリの (a) 大鋏脚を欠損した単独個体と、(b) 交尾前ガードペア (撮影: 大友洋平)。(a) 筆者が野外で初めて撮影したヨモギホンヤドカリ。貝殻を適当にひっくり返したら見事に大鋏脚がなかった。(b) オスが小鋏脚でメスの貝殻をつまんでいる。ペア探しには慣れが必要だが、経験を積むと逆に視界に入りすぎて困ることもある。