
海と川を往来する魚のなかで、産卵のために川を遡る魚を遡河性回遊魚と呼びます。その代表格であるサケ属魚類 (Genus Oncorhynchus: 以下、サケ類) は、河川で受精卵から生まれ育った幼稚魚が、春の降海時に河川に特有なニオイを憶え、それが長期間持続する特殊な学習である刷込 (imprinting) を行います。その後、海洋での索餌回遊により成長して成熟が進むと秋に生まれた川(母川)に戻るという母川回帰を行います。この母川回帰の最終段階では、降海時に刷込まれた母川のニオイを想起して母川の識別を行い産卵遡上することが知られ、「嗅覚刷込説」として広く受け入れられています。また、母川情報の嗅覚刷込は、支流レベルの識別も可能であることから降海中に逐次刷込でいること、刷込可能時期には臨界期があること、人工物質も実験的に刷込可能であること等も示されています。サケ類が感知する母川のニオイ分子は、河川やその周囲の植生や土壌に由来する各河川特有の化学組成とされ、近年、電気生理学的研究や行動学的研究により単一のニオイ分子ではなく「アミノ酸組成」が重要であることが示されています。