硫化水素イオンが発生したところに、先に溶出したFe2+が存在すると、両者が反応して硫化鉄FeSの黒色沈殿が生じます。FeS(いずれFeS2になる)はなかなか溶解しないので、海底下深くまで埋没してしまい、数千万年後にはパイライト(FeS2)の鉄鉱床を作るでしょう。したがって、硫酸還元まで進んだ堆積層では、間隙水に溶存するFe2+イオンの濃度は著しく低くなります。堆積物中の比較的深いところで発生するHS-イオンのうち、Fe2+との反応を免れたものは、分子拡散により、堆積物の上の方へ運ばれます。酸素と出会うとHS-イオンは酸化されてしまうから、HS-イオンの影響が及ぶのは、酸化還元電位がゼロ付近(無酸素層)までです。海底堆積物の直上水が、何らかの理由で貧酸素化していれば、堆積物表面付近までHS-イオンの影響が及ぶこともあります。もちろん、海洋の底層水が無酸素状態に陥り、海水の酸化還元電位が-0.1 (V)を下回れば、海水中でも硫酸還元が起こってHS-イオンが発生します。閉鎖系の内湾で底層水が停滞すると、このようなことが起こり得るのです。