【背景】

海洋生態系は人類に多くの生態系サービスを提供しており,海洋生物多様性の時間的及び空間的な分布の理解は,その保全管理に不可欠です。近年の気候変動と人為的影響による脅威は,海洋生物の量的 減少に加え,種の減少や群集構造の変化などの負の影響をもたらしています。生物多様性への多面的リスクに直面する中,それらの急速な減少を緩和する手段が模索されています。そこで,生物保全の立場から,種が周辺海域の生息地を失った時に退避でき,かつ,絶え間 ない気候変動の脅威の元で安定した生息を可能にする海域がないか調査しました。

【研究手法】

1990 年から 2018 年の 5 月から 8 月までの東ベーリング海域を対象に,アメリカ大気海洋庁(NOAA) が採集した 159 種の魚類と無脊椎動物の現場観測データを利用しました。また,生物多様性を示す「種の豊富さ」(種数)に加え,複数年間における群集構造の類似度を示す「時 間的ベータ多様性」(多様性の遷移)を算出しました。29 年分にわたるこれらの生物多様性指数を掛け 算することにより,種が豊富であると同時に継続的に安定した群集構造を示す海域を同定しました。 さらに 29 年間の冬季の海氷と水温変化から気候安定指数を算出し,気候変動が比較的緩衝されてい る海域を同定しました。

【研究成果】

29 年分のデータ解析により同定した海域のうち,東ベーリング海の北部と南部の 2 箇所の大陸棚海 域に海洋生物の退避海域があることを発見しました。その海域は,全調査海域の 10%程度の面積にもか かわらず,全調査種の 91%の種が存在していました。 また,それらの海域では,商業有用種(スケトウダラやマダラ)やカニ類(ズワイガニなど)も多いこ とに加え,この生物多様性が高い海域は気候が緩衝されている海域と一致することを発見しました(図 1)。

【今後への期待】

本研究結果より,気候緩衝海域の存在とそこでの持続的生物生産が,安定した海洋生物群集と高い生 物多様性を許容していると考えられます。海洋生物の「気候変動退避海域」は,今後,気候変動にさら された生物群集を保全する上で,重要性が増すと考えられます。気候変動に耐えうる海洋生態系と水産業の維持のために,生物多様性退避海域のさらなる同定とその管理のが必要であり,海洋生物多様性保全の進展が期待されます。


参考文献
2021年5月7日プレスリリース
https://www.hokudai.ac.jp/news/2021/05/post-835.html
Global Change Biology誌に掲載された論文
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/gcb.15632



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Terakhir diubah: Rabu, 2 Maret 2022, 10:16