DICとAlkのXYプロット(海洋データ)
下に示す図では、DICとAlk、pCO2の関係をXYプロットして、等pCO2線をに書き入れてあります。そして、北大西洋表層(深層循環スタートの起源水)を起点として、炭酸カルシウム粒子の溶解によるAlkとDIC変化を矢印(a)で表しました。また、北太平洋深層を終点として、有機物分解によるAlkとDIC変化を矢印(b)で表しました。実際の海洋では、矢印(a)と矢印(b)が別々に表示されるようには、変化しません。同時に起こることもあれば、あるところでは、炭酸カルシウム粒子の溶解が進まないことがあるのです。
DICとAlk、pCO2の関係を表したXYプロットに、実際の海洋データを入れました。北大西洋高緯度域のDICとAlkが青丸で記されています。この水が深層に沈み込んで、南大西洋深層、南極海深層、北太平洋深層へ流れるにつれて、AlkとDICが連続的に上昇する様子がみられます。注目してほしいのは。北大西洋から南大西洋深層に至るまで、Alkの上昇が小さいことです。なぜでしょうか。
海洋表層水は、どこでも炭酸カルシウム(CaCO3)に対して過飽和になっています。つまり、炭酸カルシウムを表層水に浸しておいても永久に溶解しません。表層海水にはCa2+とCaCO32-のイオンが十分量存在するからです。だから、海洋生物は、比較的容易に炭酸カルシウムの殻を形成・維持することができるのです。各大洋の表層水は、いずれ北大西洋に戻ってきます。炭酸カルシウム粒子を形成し続けてきた表層水なので、北大西洋表層水のアルカリ度が最も低くなっています。
北大西洋高緯度域では、炭酸カルシウムが過飽和な表層水が深層に沈み込みます。深層でも過飽和状態が続く限り、炭酸カルシウム粒子は溶解せず、アルカリ度の上昇もありません。いっぽう、炭酸カルシウムに対して過飽和な深層水中でも、有機物の分解は進むのでDICは増えつづけます。その結果、北大西洋表層から深層に至るまで、アルカリ度の上昇はほとんど無く、DICだけ上昇するのです。
深層水中で炭酸が増え続けると、徐々にpHが上昇します。pHが上昇すると、炭酸カルシウム粒子が溶解します。その溶解が始まるのが、南大西洋深層からなのです。
以下、繰り返しになりますが、復習としてもう一度説明します。 北大西洋深層でアルカリ度が上昇しない理由は、炭酸カルシウムに対して過飽和な状態が続いているためと説明しました。その水が南下して、南大西洋に至ると、アルカリ度の上昇が見られました。つまり、炭酸カルシウムに対して未飽和な状態になったのです。海水が炭酸カルシウムに対して、過飽和 or 未飽和の状態を判断するには、以下の炭酸カルシウムの溶解平衡を考えます。 CaCO3 (s) ⇆ Ca2+ + CO32- ;溶解平衡定数Ksp Ksp = 【Ca2+】×【CO32-】 過飽和な状態は、 【Ca2+】×【CO32-】/ Ksp > 1 飽和(平衡)な状態は、【Ca2+】×【CO32-】/ Ksp = 1 未飽和な状態は、 【Ca2+】×【CO32-】/ Ksp < 1 で、表されます。 海水中のCa2+イオンは豊富にあるから、【Ca2+】は変化しないとみなせます。したがって、海水中の【CO32-】が小さくなると、炭酸カルシウムに対して未飽和になってCaCO3粒子は溶解します。
海水中の【CO32-】が小さくなる条件
では、海水中の【CO32-】が小さくなる条件とは何でしょうか? すでに学んできたように、海水のpHが下がると、炭酸系物質の解離平衡が移動して、DICに対するCO32-の割合が小さくなります。pH8ではCO32-/DIC = 9%なのが、pH7になるとCO32-/DIC = 1%にも満たなくなります。
AlkとDICのXYプロット図に、各大洋のpHを追記しました。北大西洋表層水はpH8ですが、深層水になると有機物分解が進んで炭酸が発生しpHが7.8に低下します。それに伴い【CO32-】が0.21 mmol/Lから0.11 mmol/Lに低下します。炭酸カルシウムの平衡定数は、水温や圧力にも依存しており、【CO32-】が低いほど、圧力が高いほど(深いほど)、水温が低いほど、平衡定数( Ksp )が大きくなります。つまり、同じCO32-濃度であれば、水深が深いほどCaCO3粒子は溶解しやすくなります。その結果、炭酸カルシウム(カルサイト)粒子の溶解が始まるのが、南大西洋の底層4000mになるのです。そして、深層循環の流れ順にしたがって海水のpHが低下してゆき、浅いほうまで炭酸カルシウムが溶解する影響が現れてきます。北太平洋では、炭酸カルシウムの溶解が起こる深度が500mくらいまで浅くなっています。