海水中にはハロゲンイオン(Cl-, Br-, I-)が豊富に溶けているので、海洋植物は容易にハロゲンを摂取し有機化して生体維持に役立てることができます。有機ハロゲンのうち、もっとも単純な化合物がメタン(CH4)やエタン(C2H6)の水素(H)がハロゲン原子(Cl, Br, or I)と置き換わった有機ガスで(CH3ClやCH3Br, CH3I, CH2Br2,C2H5I,,,など)、これらをハロカーボン類と呼びます。海水中のハロカーボン類の濃度は0.1 pmol L-1以下から最大でも1 nmol L-1くらいなので、有機ガス全体の1/100以下を占めるにすぎません。そんなごく僅かなハロカーボン類が注目される理由は、大気中にへロゲン原子を供給する役割を担っているからです。大気中に放出された有機ハロゲンガスは光化学反応を経てハロゲン原子を放出します。大気中のハロゲン原子はオゾンを触媒的に破壊するので、大気化学的に重要なのです



 ちなみに、人為起源のハロカーボン類で化学的に超安定なのがフロン類で、フロン類が成層圏に到達するとオゾン層を破壊してしまいます。自然起源のハロカーボン類で成層圏のオゾン破壊に寄与しうるのは、対流圏で安定なCH3ClとCH3Brです。CH3Brについては、かつて人為的に大量生産(土壌燻蒸剤など)されていましたが、オゾン層破壊をもたらす効果が大きいので、現在は製造が禁止されています(モントリオール議定書)。CH3Clは、元々自然起源のものが大部分を占めていて、人為的に製造しても大気中濃度はほとんど変わらないので、規制対象から外れています。土壌や海洋の微生物がCH3Clを自然分解する効果が大きいのでしょう。



 ところで、陸上植物はCH3ClとCH3Brを活発に放出しますが、CH3Iはあまり放出しません。その理由は詳しくわかっていませんが、海から陸域生態系にもたらされるヨウ素は少ないので、陸上植物は必須栄養素のヨウ素を手放したくないのかもしれません。いっぽう、海洋植物は活発に有機ヨウ素ガス(CH3IやCH2I2など)を放出することがわかっています。海にはヨウ素が豊富にあるから、海洋生物は多少のヨウ素を手放しても構わないのでしょう。その結果、大気へ供給されるヨウ素の多くが海洋植物に由来する有機ヨウ素ガスになっています。ヨウ素の循環は大気化学だけでなく、様々な方面から注目されています。例えば、放射性ヨウ素の拡散状況を把握するためには、ヨウ素の地球化学的な循環過程を理解することが欠かせません。原発事故で突発的に放出される131I、低レベル放射性廃棄物に沢山含まれる129Iの漏出リスクがあるからです。これらの放射性ヨウ素が海に流れれば、当然、海洋植物が摂取してその循環を駆動します。


 また、メチル基に臭素(Br)が3個結合したブロモホルム(トリブロモメタン;CHBr3)は、昆布から沢山放出される有機ハロゲンガスの一種です。昆布が密集している海では異常なほど高濃度のブロモホルムが観測されることもあります。このブロモホルムを巧みに利用している生物がいます。北海道の海の幸“ウニ”です。ウニの餌は昆布であることはご存じでしょう。ウニの幼生は海中を漂っていて、高濃度のブロモホルムを感知すると、そこで変態して昆布が繁茂するところに着底するのです。このような物質のことを変態誘引物質という。他にも、海の有機ガスを変態誘引物質としている動物がいるかもしれません。 くれぐれも、みなさんは、臭いに誘われて変態する動物になってはなりません(ミニミニコラム参照)。



Última modificación: viernes, 29 de mayo de 2020, 14:06