溶存態有機物の区分け(低分子有機物と高分子有機物)

溶存態有機物(孔径0.2 μmフィルターを通過)をさらに区分ける概念図を下に示します。

物理化学や物理工学では、「溶存態のコロイド粒子」があります。例えば、牛乳の白色の正体は、数マイクロメートルものサイズがある高分子タンパク質粒子です。これは、一定時間、均質を保つので「溶存態」の「コロイド粒子」です。海洋学では、溶存態と粒子態を二分してしまうので、牛乳の高分子タンパク質は「粒子態」の区分になります。物理化学や工学での定義と違いますね。

物理工学と海洋学における、溶存態と粒子態の定義の違い

 0.2μmフィルターの通過有無で定義する「溶存態」には、コロイド粒子も含むので、やはり釈然としません。物理工学の世界でも通用するような「溶存物質」とは、水中で水和して、一定時間、均質な状態を保つ物質のことです。水和とは、イオンや分子の周りを水分子が覆うことです。例えば、有機物分子が水和するには、OH基があるとよいでしょう。エタノール(CH3-CH2-OH)は水和します。もっと高分子の有機物もOH基を持てば、水和します。生体機能を司るたんぱく質も、高分子の水溶性有機物として水和します。

 牛乳を例にすると、リン酸カルシム粒子をガゼインタンパク質が覆って水和させています。その粒子サイズは、0.2~2 μmです。一定時間、均質化を保っているので、溶存態と考えることができます。牛乳の溶質は物理工学ではもちろん粒子に定義され、溶存態のコロイド粒子に当てはまります。いっぽう、海洋学の定義で牛乳の溶質は、粒子態に定義されます。

 金属元素の酸化物が水中で形成されると、急速に凝集して粒子サイズが大きくなってゆきます。その粒子が0.2 μm以下であったとします。物理化学では、もちろん粒子と定義され、その粒子が成長を続けるなら、均質化を保たないので溶存しているとは言えません。しかし、海洋学では、0.2 μm以下であれば、フィルターを通り抜けるので、溶存態に定義されるのです。

 海洋学と物理化学の溶存態と粒子態の定義を比べると、矛盾ばかりみえてしまうので、比べるのはやめます。皆さんは、海洋学のことだけを考えてください。あれこれ悩むのは、私(大木)だけにしておきましょう。





海洋学で定義する溶存有機物の組成

 さて、海洋学では、分子量が1000以下(1 kDa以下)の溶存有機物を、真の溶存有機物と呼ぶことがあります。真の溶存有機物には、アミノ酸や単糖類などの単量体、および単量体が数個組み合わされた物質が含まれます。また、低分子の溶存有機物(Low molecular weight – dissolved organic matter: LMW-DOM)ともよびます。いっぽう、有機物の炭素結合が壊れたり、生体から放出されたばかりの有機物には、かなり低分子(16 – 300 Da)の有機物もあります。低分子で疎水性が強ければ揮発性を有する(水面からガスとして揮発しうる)ので、これを揮発性有機物(Volatile organic compound; VOC)とよびます。

 “揮発性有機物”という言葉は一般的ではないので、本参考書では簡単に“有機ガス”と述べることにします。分子量16のメタン(CH4)が最も小さな有機物分子で、メタンやエタンの水素(H)がハロゲンや硫黄化合物と置換した有機物、クロロメタン(CH3Cl)やメタンチオール(CH3SH)、アルコール類が有機ガスに含まれます。(メチルアルコールは親水性であるが、若干の揮発性を有する)

 いっぽう、溶存態区分には、分子量1000以上(1kDa以上)のタンパク質や多糖類が含まれ、高分子の溶存有機物(High molecular weight – dissolved organic matter: HMW-DOM)とよびます。生体機能を司るタンパク質は数kDaから数万kDa以上までの物質があるように、多種多様で構造が複雑です。さらに、タンパク質や多糖類が長い年月を経て分解・重合を繰り返して変質すると、「腐植物質」と総称される高分子有機物群が形成される。ちなみに、陸上土壌の黒い成分は、陸上植物のリグニンが長い年月にわたる変質を受けて形成された腐植物質に由来する。同じような腐植様物質が海洋でも存在します。

 前者の「有機ガス」は数日~数カ月くらいの間に生成・消失するのに対して、後者の「腐植様物質」は少なくとも1000年程度は生物学的に難分解であると考えられています。これら「有機ガス」と「腐植様物質」は、有機物の世界でも両極端に位置するといえます。しかし、太陽光により「腐植様物質」が「有機ガス」へと一瞬で変換されてしまうという興味深いプロセスも存在します。北海道大学の海洋チームには、「腐植物質マニア」と「有機ガスマニア」がそれぞれいて、両極端の有機物から海洋の物質輸送を眺め、それらのリンクを明らかにしようとしています(後述)。


Last modified: Friday, 29 May 2020, 10:06 AM