Topic outline
チャクチ海に流入する太平洋夏季水
チャクチ海は太平洋側北極海の中で最も南に位置する海域である。このチャクチ海には5-10月にかけてベーリング海峡を通じて、南から北に温暖な太平洋夏季水が流入する(図1)(woodgate et al., 2005)。チャクチ海に流入した太平洋夏季水の多くはチャクチ海北東部のバロー海底谷へと運ばれ(Itoh et al., 2013)、その後さらに北側のカナダ海盆へと輸送されると考えられている。この太平洋夏季水は0度以上の水温を有し、太平洋側北極海の海氷減少にも関係し得る (Timmerman et al., 2018)。そのため太平洋夏季水が、どういった経路で、どのくらいの熱をカナダ海盆へ運んでいるのかについて研究が進められている。近年の研究においては、バロー海底谷を通過した太平洋夏季水がChukchi Slope Currentと呼ばれる流れに沿って、チャクチ海北東部陸棚縁辺上を西へと運ばれる事が示唆されている(図2)(Corlett and Pickart, 2017)。
図1. チャクチ海を流れる太平洋夏季水
図2. チャクチ海北東部(図1の赤枠内):赤丸印:係留系観測点、赤☆印:バロー岬
チャクチ海北東部陸棚縁辺部の観測点における太平洋夏季水
チャクチ海北東部陸棚縁辺上の観測点HSN/NHCで観測された水温の時系列変動を示す。この観測点では7月から3月にかけて太平洋夏季水に分類される水塊が確認された(図3の色付き部分)。この色付きで示された時期に関して、太平洋夏季水を多く含む亜表層(30–60 m) の平均水温は期間1(2003–2005)で0.0°C、期間2(2015–2019)で0.3°Cであった。また同観測点における流向は一年を通して北西向きで、色付き時期の亜表層の平均流速(北西向き:正)は期間1で15.4 cm s-1、期間2で20.9cm s-1であった。これによりチャクチ海陸棚縁辺部上の観測点HSN/NHCに存在する太平洋夏季水がChukchi Slope Currentによって、北西向きに輸送されていることが示唆された(図4)。
図3. 観測点HSN/NHC水温の時系列変動
図4. 北西向き(赤色)流速の時系列変動(海面-150 m)
バロー海底谷から観測点HSN/NHCまでの太平洋夏季水の輸送
バロー海底谷の水温時系列変動と観測点HSN/NHCの水温時系列変動を比較し、ラグ相関分析を行った。その結果、太平洋夏季水がバロー海底谷から観測点HSN/NHCまで輸送されるのにかかる時間は7−61日であることが明らかになった。バロー海底谷についても同様に亜表層の平均水温を調べたところ、バロー海底谷の平均水温は観測点HSN/NHCの平均水温に比べて高く、輸送過程において水温が低下していた。また、その水温低下は期間1(2003–2005)に比べて期間2(2015–2019)の方が大きかった。(図5)
図5. バロー海底谷と観測点H S N/N H Cとの平均水温の差
表層水との混合
チャクチ海北東部陸棚縁辺部の亜表層において水温が低下する一因として、表層の低温低塩分水との混合がある(図6参照)。混合の強弱の指標となる成層強度や流速の鉛直シアーを調べたところ、期間2(2015-2019)では期間1(2003–2005)に比べ混合が起こりやすい状態であった。この事から期間2では表層水との混合が大きくなり水温低下が大きくなったことが示唆された。
図6. 表層水との混合(模式図
参考文献
本コースの内容は以下に基づいています。詳しい内容は以下の論文をご覧下さい。
Muramatsu, M., H. Ueno, E. Watanabe, M. Itoh, and J. Onodera, Transport and heat loss of the Pacific Summer Water in the Arctic Chukchi Sea northern slope: mooring data analysis, Polar Science, https://doi.org/10.1016/j.polar.2021.100698