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ピストンコアラー
北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
ピストンコアラーは柱状採泥器の一種で、海底下から20m程度におよぶとても長い不攪乱な柱状試料(コア)を採取することができます。
堆積物は氷河期・間氷期といった地球環境や気候の変動あるいは特定の生物の大繁栄の痕跡など地球上の活動(イベント)を古いものから順に記録しています。そのため、より深くまで堆積物を採取するほどより古い年代まで環境を推定することができ、これまでの地球環境変遷を知ることで、将来の環境変化予測に役立てられます。そこで、考案されたのがピストン機構を備えることでより深くまで採泥管を貫入させ、重力自由落下式の採泥器の中で最も深くまで堆積物を採取することができるピストンコアラーです。ピストンコアラーで採取された試料からは数百年から数十万年前の地球環境を推定できるとされます。ピストン機構を利用して採取された堆積物試料は他の採泥器と比較してコアが圧縮されにくいのでより正確に年代を測定できる利点があります。
本コースでは、ピストンコアラーの機器構成や仕組み、また実際の採泥作業について詳しく説明します。
図1 ピストンコアラー
(1)採泥器の構成
採泥器の概略図を図2に示します。
水中を自由落下させて堆積物を採取する部分(以下、採泥部)は金属製のパイプ(採泥管)と重さ数百㎏の錘(メインウェイト)、ピストンコアラーの名前の由来でもあるピストンで構成されます。採泥器を動作させるためのトリガ部分は天秤式トリガとパイロットワイヤ、パイロットウェイトで構成されます。各部動作の仕組みは後章で詳しく示します。
図2 ピストンコアラー概略図
採泥管は金属製の継手(接続スリーブ)で複数のパイプを繋ぎ合わせることで、目的とする試料の長さに合わせて調整することができます。また、採取した試料の抜き出しや分割を容易にするため採泥管内部に同じ長さの塩ビ製の筒(インナーチューブ)を装備する場合があります。採泥管を地中に押し込むには、その長さが長くなるほどより大きな力を加える必要があるため、採泥管の長さに応じた重さのメインウェイトを使用します。
採泥管先端部の概略図を図3に示します。ピストンは、採泥管の中を通したワイヤロープ(メインワイヤ)で天秤式トリガと接続されています(図2)。ピストンにはゴム製のパッキン(Oリング)が組み込まれていて、これが採泥管と密着することによって水密が保たれます。採泥管が堆積物へ突き刺さりやすいよう、採泥管の下端には先端を尖らせた口金(コアビット)を取り付けます。さらに、コアビットの内部に逆止弁(コアキャッチャー)を組み込むことで、採泥管の中に入った堆積物の脱落を防ぎます。図3 採泥管先端概略図
(2)天秤式トリガの仕組み
採泥部は自由落下の引き金となる機能を備えた特殊な金具によって吊り下げられます。この金具はテコの原理を利用して採泥部を吊り下げるもので、天秤のような動きをすることから「天秤式トリガ」と呼ばれます。天秤式トリガは支点から遠い位置にある力点にパイロットウェイトを吊り下げ、支点にごく近い位置の作用点で採泥部を吊り下げます(図4)。パイロットウェイトは採泥部の十分の一程度の重さですが、支点から十分に遠い位置に吊り下げるためパイロットウェイト側に天秤が傾きます。
図4 天秤式トリガの仕組み①
パイロットウェイト側に天秤が傾いている状態のとき、採泥部は天秤式トリガに吊り下がった状態で保持されます(図5-a)。パイロットウェイトが海底面に着くなどして力点にかかる力が弱くなると、採泥部側に天秤が傾いて採泥部が切り離されます(図5-b)。
図5 天秤式トリガの仕組み②
a)トリガ作動前の状態 b)トリガ作動時の状態
ピストンコアラーが着底するとき、多くの場合その衝撃で表層堆積物が吹き飛んでしまいます。図6に示すような小型の柱状採泥器をパイロットウェイトの代わりに着底させ、表層堆積物を別途採取する方法もあります。フレーガーコアラー(図6-a)は採泥管の上部に重錘を取り付けた採泥器で、自重により海底に貫入して表層数十㎝の堆積物を採取します。採泥管下部に取り付けた逆止弁と回収時に閉鎖する上部の蓋の働きによって堆積物を保持し脱落を防ぎます。アシュラ採泥器(図6-b)はマルチプルコアラーと同じ採泥管ユニットを使用し、採取したコアの上下に蓋をして密閉することにより不攪乱で高品質な表層堆積物試料を採取する表層用採泥器です。
図6 パイロットコアラー
a) フレーガーコアラー
b)アシュラ採泥器(G.S.型表層採泥器)
(3)採泥される機構
図2に示すように海中に準備されたピストンコアラーは海底直近まで降下されると採泥部が天秤式トリガから切り離され、海底面に突き刺さります。このときの動作の様子を、順を追って図7に示します。
天秤にセットしたピストンコアラーを海底へと降下させていくと、採泥部より先にパイロットウェイトが着底します(図7-①)。パイロットウェイトの負荷が抜けると天秤式トリガが作動し、採泥部が海底へむかって自由落下します(図7-②)。やがて採泥管が海底面に到達して貫入をはじめますが、その一方でピストンは海底面付近に留まります。これは、ピストンがちょうど海底面に位置するようにメインワイヤの長さが調整されているためです。(図7-③)。このとき、採泥管が海底へと貫入していくタイミングに合わせてピストンが採泥管内を相対的に上昇し、堆積層を破壊しない吸引力が発生します。採泥器の自重とこの吸引力によって採泥管が海底に貫入していきます(図7-④)。ウィンチをゆっくりと巻き上げ、採泥管を海底から引き抜きます(図7-⑤)。ピストンで生じた吸引力が採泥管の蓋の役目を果たすため、揚収時の試料の脱落を抑えることができます。
図7に示した一連の動作をアニメーションによって連続的に表すと、図8のようになります。実際の作業においても自由落下を開始してからほんの数秒で採泥管の貫入を終えてしまいます。
図7 ピストンコアラーの動作①
図8 ピストンコアラーの動作②
ピストンコアラーによく似た形式の採泥器に「グラビティコアラー」があります。グラビティコアラーはメインウェイトの重さのみによって採泥管を貫入させる採泥器です。両者の違いを模式的に表したのが図9です。グラビティコアラーは採泥管が貫入する際に堆積物と採泥管の摩擦によって試料が圧縮されてしまいますが、ピストンコアラーは吸引力によって内部摩擦が軽減されるので試料の圧縮が少なくなります。また、この吸引力によって堆積物が吸い上げられることでより深くまで採泥管が貫入します。
図9 ピストンコアラーとグラビティコアラーの比較
a) グラビティコアラー b)ピストンコアラー
(4)採泥作業の手順
1.観測準備
メインウェイトに採泥管を接続し、採取したいコアの長さ分の採泥管をつなぎ合わせます。インナーチューブを使用する場合はここで一緒に挿入します。次に、採泥管内に通したメインワイヤの先端にピストンを接続します。ピストンを採泥管の下端から内部に押し込み、さらに先端にコアキャッチャー、コアビットを取り付け、採泥部が完成します。天秤式トリガにメインウェイトとメインワイヤを接続します。天秤式トリガにはストッパーピンを差し込んでおき、作業中にトリガが外れないようにします。
ピストンコアラーで採取された試料は、処理・保管がしやすいように1 mごとに切り分けられます。この際に試料の位置や向きを取り違えることのないよう、採泥管やインナーチューブにあらかじめマーキングしておきます。インナーチューブへのマーキングの例を図10に示します。矢印の向きは試料の表層方向を示し、セクション番号は深部側の試料から順番に割り振られます。
図10 インナーチューブへのマーキング例
2.投入作業
船尾から投入する場合の採泥器の動きを図11に示します。
まずは、クレーンを振り出しながら採泥器を海面に吊り下げます。このとき、はじめはメインウェイトの側面に接続されたワイヤロープ(図11-a)で採泥器を寝かせたまま吊り上げます。続けて巻上機のワイヤロープ(ウィンチワイヤ)(図11-b)を巻き上げるとだんだんと採泥器が立ち上がっていき、完全に吊り上がったところで採泥器が直立します。実際の作業の中で採泥器が吊り上げられていく様子を図12に示します。
次に、天秤式トリガのアーム部分にパイロットウェイトを吊り下げます。天秤式トリガのストッパーピンを引き抜いたら、直ちにウィンチワイヤを繰り出して採泥器を海中に投入します。天秤式トリガを船体と接触させてしまうと採泥部が空中で落下して大きな事故につながる恐れがあります。船の動揺によって採泥器や天秤が空中で振れないよう、採泥器が海中に投入されるギリギリまでロープで抑えながら作業を行います。採泥器を50 mの深さに沈めたところで一度ウィンチを停止し、ウィンチワイヤにピンガー※1を取り付けます。ワイヤの繰り出しを再開し、採泥器を海底まで降下させていきます。図11 採泥器の投入作業①
図12 採泥器の投入作業②
3.着底
採泥器を海中に投入したら、図13に示す手順で採泥器を着底させます。水深と繰り出したワイヤの長さ、ピンガーの信号を頼りに、採泥器の水中高度(海底までの距離)を確認しながら毎秒1 mの速度でワイヤを繰り出します(図13-①)。採泥器が海底から50 mの高さに達したら繰り出しを停止し、そのまま3分間待機して採泥器の姿勢を安定させます(図13-②)。待機後、低速(毎秒0.3 m)でワイヤの繰り出しを再開します(図13-③)。天秤式トリガが作動して採泥器が海底へと降下を始めたら、直ちにワイヤの繰り出しを停止します(図13-④)。テンションメーター※2でワイヤにかかる張力の低下を検出したらトリガが作動したと判断します。トリガの作動後わずかな時間のうちに採泥管が海底に突き刺さり、採泥部の落下が止まるので、間を置かずにワイヤの巻上を開始します(図13-⑤)。採泥管を引き抜くときに生じる摩擦力などにより過大な張力がかかる恐れがあるので、離底するまでは巻上速度は低速(毎秒0.3 m)とします(図13-⑥)。ワイヤを巻き上げていくと徐々に張力が上昇していき、一定の張力が観測されるようになったところで採泥器の離底が確認できます。その後、巻き上げ速度を上げて速やかに採泥器を船上に回収します(図13-⑦)。図13 ピストンコアラー着底時のウィンチオペレーション
着底時に採泥器が傾いた状態では深くまで貫入させることができません。また、引き抜き時に斜め方向に力が掛かると採泥管が曲がって破損してしまいます。従って、採泥器を降下させている間はもちろんのこと、着底してから離底するまでの間も、ワイヤが真下を向いた状態になるよう潮流等を考慮しながら操船して、採泥器が船の真下にある状態を維持しなければなりません。
※1 ピンガー
一定の間隔で音波信号を発信する音響機器で、海底高度(海底からピンガーまでの距離)の計測に用いられます。この機器を使用して採泥器と海底との距離を捉えることで安全・確実に採泥を行うことができます。
「リンク・・ピンガー」
※2 テンションメーター
ワイヤにかかる張力(重量)を計測する機器です。張力の増減を捉えることで採泥器の離着底を把握することができます。4.揚収作業
採泥器の揚収作業は投入時とほぼ同様の作業を逆の順序で行います。但し、天秤式トリガと採泥部の距離が離れている点が投入時と異なっています。天秤式トリガと採泥部を一緒に吊り上げることが困難なため、通常はパイロットウェイトと天秤式トリガを先に取り外してから採泥部の揚収作業に入ります。
採泥器への波の衝突や船の動揺によって、空中に吊り上げられた採泥器が大きく振れることがあるので、投入時と同様にロープでしっかりと抑えながら作業を行います。採泥器を船体に衝突させると、採泥器の破損あるいは貴重な試料の損失につながります。5.試料の回収
採泥器が揚収されたら、採泥管のつなぎ目で試料(コア)を切り分けていきます(図14)。採泥管の先端からコアビットとコアキャッチャーを取り外します。採泥管のつなぎ目では接続スリーブをスライドさせて、ピアノ線またはナイロンテグスを使ってつなぎ目部分の堆積物を切断し採泥管ごと分離します。その後、試料の漏出や汚染を防ぐためビニールシートやテープで切断面を密封します。切り離した後に向きや位置が分からなくならないよう、図10に示した方法に準じてパイプの外側にマーキングを施します。インナーチューブを用いた採泥の場合は採泥管からインナーチューブを引き抜きながらあらかじめマーキングしておいたセクションごとのラインでカッターを使って切断します。
図14 試料の回収
a)揚収時の状態 b)パイプの切り離し c)パイプの密封
6.試料の処理
採取したコアはさらに1 mの長さにパイプごと切断して取り扱いしやすくします。その後、コアの中にみられる薄い層(Lamina:ラミナ)の観察やさらに細かく試料を分配するために半円状に切り分けられます(図15)。この操作を「コアの半割処理」と言います。
半割作業の流れを図16に示します。まず、パイプ内からコアを押し出し、塩ビ管に移し替えます。一定の圧力をかけてゆっくりとコアを押し出すために油圧式押し出し装置を用います。塩ビ管に移したコアはさらに半円柱状に2つに切り分けられます。半割したコアの一方をワーキングハーフ、もう一方をアーカイブハーフと呼びます。
海底のコアは数万年前の情報を持っているとても貴重な試料であることから、ワーキングハーフから分析用の試料を採取し、アーカイブハーフを半永久的保存用試料として冷蔵保管する国際的なルールがあります。日本には、高知大学と海洋研究開発機構が共同で運営する研究施設「高知コアセンター」があり、国内外で採取されたコア試料の保管・管理、またそれらを用いた研究までを一貫して行う拠点となっています。図15 半割した堆積物コア
図16 コアの半割
a)パイプの切断 b)コアの押し出し c)半割
7.観測の記録
CTD観測などと同様に採泥においても試料採取時の船位や水深などの地理的な情報に加え、繰り出したワイヤの長さや採取された試料の概要、試料の分配、行先などを記録するのは研究・調査を行う上で最も基礎的なデータであり重要な情報となります。そこで、採泥する際の作業記録に特化した観測野帳を用意する機関も少なくはありません。また、次に観測を行う際の指標として、使用したメインウェイトの重量や採泥管の長さといった採泥器の仕様や、それにより採取された試料の長さなどを記録することも重要です。