Pokok Topik Kursus
グリーンランドでの研究
日本国内でGRENE,ArCS,ArCS II と北極に関連した大型プロジェクトが推進されていくなかで,太平洋側北極海だけでなく,グリーンランドのフィヨルドでも研究を行う機会を得た。これは元々,北海道大学低温科学研究所の杉山慎教授のチームがグリーンランドのカナック周辺で氷河の観測を行っておられ,氷河の融け水(氷河融解水)が増加していることを把握されていた。その氷河融解水が海に流れ込むと,海洋環境とそこに住む生物に何らかの影響を及ぼすはずであるが,観測例がほとんどないために詳細は不明であった。ArCSプロジェクト内の共同研究として,氷河の観測に加えてフィヨルド内の海洋観測を開始し,そこで採集されたプランクトン試料の分析を,指導した学生とともに担当することになった。
◇ 海洋末端氷河と陸末端氷河
グリーンランドでは,温暖化により氷河の融解が急速に進行している(Howat and Eddy, 2011;Cowton et al., 2018)。氷河融解水が海に流入する際,氷河が海洋に面している海洋末端氷河か,陸で終わっている陸末端氷河かで,流路が異なる(図7.3)。
- 図7.3 陸末端氷河と海洋末端氷河における氷河融解水の流路の変化と,海洋環境への影響。(Meire et al., 2017を基に作成)
海洋末端氷河では,氷河中を融解水が流れ,氷河末端の底付近から放出される。この融解水は淡水であるため,密度が軽く,湧昇を発生させる。その湧昇により,底層の栄養塩と懸濁物が有光層内に運ばれるため,栄養塩を利用して植物プランクトンが増殖し,一次生産が増加する(Arendt et al., 2013;Juul-Pedersen et al., 2015;Meire et al., 2017; Kanna et al., 2018)。
一方,陸末端氷河では,氷河上で溶け出した淡水は氷河から陸地上を通り,海へと流れ込む。融解水の密度は低く,海氷面を覆うように広がるため,湧昇は起こらず,結果的に一次生産は低い(Meire et al., 2017; Middelbo et al.,2018)。
このように,氷河のタイプによって,海洋環境や一次生産に与える影響は大きく異なる。
◇ 海洋末端氷河でのプランクトン調査
グリーンランド全体では,マイクロプランクトンに関する研究は比較的多い。たとえば,南東部のディスコ湾(Nielsen and Hansen, 1995; Levinsen et al.,1999; Levinsen et al., 2000),北東部のヤングサウンド(Rysgaard et al., 1999;Rysgaard and Nielsen, 2006; Krawczyk et al., 2015),南部のゴッドホープフィヨルド(Arendt et al., 2010; Calbet et al., 2011)で報告がある。しかし,グリーンランド北西部では未だ調査が行われていない。さらに,氷河融解水の流入による影響は近年とくに注目されており,バクテリア生産(Paulsen et al., 2017),一次生産(Arendt et al., 2013; Juul-Pedersen et al., 2015; Meire et al., 2017),動物プランクトン(Arendt et al., 2016)については研究例があるが,マイクロプランクトンへの影響は報告例がない。そこで,グリーンランド北東部にあるイングレフィールドブレドニングフィヨルドとボードウィンフィヨルド(いずれも海洋末端氷河)でマイクロプランクトンおよび動物プランクトンの調査を実施し,氷河融解水による影響を評価することにした。
◇ マイクロプランクトン群集
2018 年8 月のイングレフィールドブレドニングフィヨルドにおけるマイクロプランクトン群集では,渦鞭毛藻類と原生動物プランクトンである少毛類が優占していた(図7.4)。
図7.4 2018年8月のグリーンランド北西部のイングレフィールドブレドニングフィヨルドにおけるマイクロプランクトン群集の現存量と組成。円の大きさが水柱積算バイオマス,色が組成を示す。数字は観測点の番号。(Matsuno et al., 2020bより)
水柱積算したバイオマスの水平分布では,明確なパターンは見いだせなかった。しかし,各観測点における鉛直分布を見ると,分類群ごとに傾向が異なっていた。海表面では少毛類が多く,これは少毛類にとっての餌(小型の珪藻類やナノ鞭毛虫)が豊富であったためだろう。氷河に近い観測点(St. 3,4,5)では亜表層に比較的高いクロロフィルa 濃度が見られ,低水温・高濁度・高栄養塩の水塊と一致していたことから,この海域においても氷河末端からの湧昇により一次生産が増加していることがわかった。
さらに,興味深いことに,大型の従属栄養性渦鞭毛藻類が,その観測点でのみ見られた(図7.5)。これは,湧昇によって運ばれた栄養塩をナノ鞭毛藻類が利用して増加し,それを繊毛虫類や小型の渦鞭毛藻類が食べ,最終的に大型の渦鞭毛藻類が捕食して増加していたためだとわかった。
この研究により,北西部グリーンランドの海洋末端氷河において,氷河融解水の放出に起因する湧昇により,有光層内のクロロフィルa の増加だけでなく,ナノ鞭毛藻類による生産も増加し,従属栄養性のマイクロプランクトンが増加することがわかった(Matsuno et al., 2020b)。
- 図7.5 イングレフィールドブレドニングフィヨルドにおけるマイクロプランクトン群集の鉛直分布。赤矢印は,大型の従属栄養性渦鞭毛藻類が出現した水深を示す。氷河融解水の影響が強いSt.3,4,5において特異的に見られた。(Matsuno et al., 2020bより)
◇ 動物プランクトン群集
次に,イングレフィールドブレドニングフィヨルドに隣接しているボードウィンフィヨルドにおいて,表層の動物プランクトン群集を調査した。試料はNORPAC ネット(口径45 cm,目合い335 µm)を海面下2~3m で水平曳きして得た。
得られた試料から分類群ごとに分けて拾い出し,湿重量を測定した。それに基づいてクラスター解析を行った結果,動物プランクトン群集はA~C の3 つに区分された(図7.6)。グループA はフィヨルド入り口付近,グループB は中央部に分布し,グループC は氷河の近くに見られた。それぞれのグループにおける動物プランクトン組成について,グループA はクラゲ類が多く,グループB はフジツボ幼生が優占していた(図7.6)。氷河の近くに分布していたグループC では,外洋性カイアシ類と深海性のヤムシ類が多かった。
図7.6 ボードウィンフィヨルドの表層におけるメソ動物プランクトン群集の水平分布。動物プランクトン群集はクラスター解析により3つに区分された。写真は各グループで優占した動物プランクトンを示す。(Naito et al., 2019より)
底層にはフィヨルドの奥向きに流れる海流があり,それにより外洋の動物プランクトンが輸送されている(図7.3 参照)。海流が氷河近くに到達すると氷河融解水による湧昇で表層に運ばれる。つまり,氷河近傍の表層で外洋性のカイアシ類と深海性のヤムシが多く見られたのは,それらが海流と湧昇によって運ばれた結果と考えられた。
以上の研究より,氷河融解水が増加すると,マイクロプランクトンの生産を促進し,底層に分布する動物プランクトンを表層に輸送する効果が高まることがわかった。ボードウィンフィヨルドの海洋末端氷河の近くでは,海表面採食性の海鳥が多く集まることが報告されており(Nishizawa et al., 2020),氷河融解水増加の影響が,低次生態系だけでなく高次生態系にも波及している。ただし,氷河融解水による湧昇は,氷河の高さによって変化することも最近わかってきている(Hopwood et al., 2018)。これは,氷河が浅すぎると外洋から高栄養塩な海水が入って来なくなり,逆に深すぎると湧昇が有光層まで届かないために一次生産が増加しない,というものである。氷河と海洋との関係を研究するとき,この氷河の高さは今後1 つのトピックになるだろう。