北部ベーリング海はベーリング海と北極をつなぐ重要な海域である。季節海氷域であり,水深は50m と浅い。一次生産が高いことも知られており,水柱で増殖した珪藻類のおよそ半分が水中の動物プランクトンに摂餌されずに海底へ沈降する(Grebmeier et al., 2006)。これらの特徴から,北部ベーリング海の海底堆積物中には多くの珪藻類の休眠期細胞が蓄積されていると考えられるが,詳細は不明であった。
一方で,この海域は海氷の年変動が顕著であり,海氷融解の変化に合わせて植物プランクトンブルームの時期が変化することが衛星観測から報告されている(Fujiwara et al., 2016)。しかし,そのときに植物プランクトン群集内で種組成が変化しているのかはわかっていない。海底堆積物中の珪藻類のタネを調査することにより,調査前から調査時までの水柱でどのような珪藻類が多く増殖していたのか,そしてその組成が海氷や環境とどのように関係しているのか解明できるのではないかと考え,研究に取り組んだ。
◇ 氷が溶けると植物プランクトン群集は変わる?
調査は,2017 年7 月と2018 年7 月に北海道大学水産学部附属練習船「おしょろ丸」に乗船して,北部ベーリング海で実施した。堆積物試料を採取し,Most Probable Number Method(MPN 法)によって堆積物中に含まれる休眠期細胞密度を推定した。MPN 法とは,まず堆積物を植物プランクトン用の培地で10 倍毎の段階希釈して培養する。そして培養後,それぞれの画分からどの種が出現するか調べることにより,堆積物中の休眠期細胞数を見積もる実験方法である。加えて,衛星観測による海氷密接度のデータを取得し,密接度が最後に20% 以下になった日を海氷後退日と定義した。
研究の結果,休眠期細胞群集は,セントローレンス島の南側海域において,細胞密度と種組成に大きな年変化が見られた(図7.2 の左と中央)。2017 年には,海氷内で増殖するアイスアルジーのFragilariopsis/Fossula 属が多かったが,2018 年には主に水柱内で増殖するThalassiosira 属が高密度であった。